2.不良司祭ファーレイン

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 ジールは、視線の先に知り合いの不良司祭の姿を見つけた。普段は無神論者であるのにも関わらず、この時ばかりは神の助けと思った。 「あんた、助けてくれぇ!」    ファーレインは、こちらに向かって来る知り合いの人売り商人の姿を認め、眉を寄せる。彼は何故か小さな女の子を胸の前で抱えて全力で走っている。 「あの男、また子供を売ろうとして」 「ぎやああ!」 「うわああ!」  呟きを掻き消す様に、方々で悲鳴が上がった。  どうやらジールは、何かに追われている様だった。だがファーレインからはジールの姿が壁になって、追って来るものの姿が見えない。   「ぎえええ!」 「きゃあああ!」  悲鳴からは、尋常ではないものの存在を想起させた。  ――これはもしや、祓魔師案件では……。   「グオオオオオ!」  獣の雄叫びが聞こえて、ファーレインは、腰のベルトから退魔用の小銃を抜き出し、ジールに叫ぶ。 「右へ飛べ!」  ジールは、即座に反応し、女の子を抱えたまま自分の背が下になる様にして右に飛んだ。瞬間、ファーレインの視界が広がり、迫る黒い魔獣の姿が露わになった。    決して長くはない四肢、長い尾、顔の左右には黒い目、額にはみっつの金色の目があった。それがファーレインに向かって来る。  ファーレインは、小銃を撃った。魔獣は走りながら身体を沈み込ませて弾丸を躱した。そのまま四肢に溜めた力を利用し、飛び上がり、一気にファーレインとの間合いを詰める。  ファーレインは、今度は充分に相手を引き付けてから小銃を撃った。銀の弾丸が、魔獣の胸に当たった。 「グウァア!」  魔獣は呻きつつも、ファーレインの身体に覆いかぶさって来て、ファーレインは地面に倒された。  胸に弾丸を受けたにもかかわらず、魔獣の勢いは衰えることなく、牙を剥いてファーレインの首に噛み付こうとする。ファーレインは、必死に魔獣の身体を押し返す。 「こいつ! 当たった筈なのに!」  見ていたジールは、咄嗟にひらめいた。ファーレインに叫ぶ。 「そいつの心臓は黒い目だ!」 「何?!」 「黒い目から身体が復活したんだよ!」  ファーレインは、理解したが、魔獣を押し返すので手一杯で、心臓を狙えない。 「このお!」  ファーレインを不良呼ばわりした女が、どこからか持って来た(ほうき)で魔獣の側頭を打ち、振り抜いた。  遠心力の効いた打撃に魔獣の身体が僅かに持って行かれる。ファーレインはその隙に、魔獣の牙から逃れた。すかさず狙いを付け撃った。  鈍い音を立てて、銀の弾丸が魔獣の黒い右目に楔を打ち込んだ。 「グガアッ!」  魔獣は、今までとは違う苦し気な声を上げ、のけぞった。 「やった!」  ジールが歓喜の声を上げた。が、魔獣は倒れなかった。苦しげではあるものの、顔をファーレインの方に戻し、グルルと威嚇の声を出した。 「なんで死なないんだ?!」  ジールが、不審気に呻いた。ファーレインも同じ気持ちだった。焦りが湧き上がった。  ――効いてる筈なのにどうして死なない?! ここで倒せなければ被害が広がる。どうすれば……!?  その時、懐かしい声が、ファーレインの頭の中に響いた。 (落ち着けよ、ファーレイン。黒い目はふたつある)  ファーレインは、息を呑んだ。 「そうか!」  ファーレインは、小銃をベルトに仕舞うと、背面のホルダーから左右の手で二本のナイフを抜き出した。その刃は日の光を浴びて七彩を帯びる。暗闇にあっては人を護り導く白い光を放つ。マルク教会門外不出の聖石で作られていた。  ジールは咄嗟に、ファーレインが何をしようとしているのかを理解し、足で地面を抉って、魔獣の方に飛礫(つぶて)を浴びせた。  魔獣が顔をのけぞらせた。  その隙にファーレインは、魔獣との間合いを詰め、ナイフを逆手に持つと、黒い両の目――心臓――に同時に突き刺した。 「ギャアアアアアア!」  魔獣が、断末魔を上げた。ファーレインは、ナイフをそのままにして素早く退いた。  魔獣が、ジタバタと悶え苦しんだ。  やがて、ぼふんっぼふんっと身体が崩れ始める。まるで瓶を割って出て来た時にまで時間を遡っている様に、どろどろと溶けて身体がなくなっていく。それは黒い液溜まりになり、最後には煙となって消えていった。  ファーレインは、安堵の息をつくと、地面に残されたナイフを拾うために腰を折って手を伸ばした。  自分の顔が他者からは見えなくなった時、思わずファーレインの胸に、兄に対する感情が溢れ出た。  ――また会いたい。話をしたい。一緒にいたい。  だが、顔を上げる時には、それを打ち消した。  ――あれはきっと俺の声だ。幻だ。忘れるんだ。
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