2.不良司祭ファーレイン

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「あんたあっ!」  箒で助けてくれた女が、ファーレインに抱き着いた。  ファーレインの心臓が、どきいっ! と高鳴った。 「良かった! 無事でっ! オルグレウスっ」  女が、涙声で言った。    ファーレインは、慣れない状況に、顔を真っ赤にして身体を強張らせた。  ――彼女は、俺をオルグレウスと間違えている。オルグレウスは、もういないのに。  一方で、頭の半分では、助けてくれた彼女に報いるべきでは、と思う。  ファーレインは、そっと彼女を両腕で抱き締めた。 「助けてくれて、ありがとう」  そう彼女に囁いた時には、自然と両腕に力がこもっていた。    女が、ファーレインの胸の中で、ぎょっと目を見開いた。がばりとファーレインから離れる。――どうやら、兄と抱きしめ方が違ったらしい。 「誰?」 「え?」 「え? え? やだあ、なにい?」  女は、混乱しながらも変態でも見るような目で、ファーレインを見た。  ファーレインは、顔を引き攣らせながら、敏感に女の気持ちを察して、言う。 「すみません。人違いでした。ごめんなさい」 「え、なに、なに? やだあ」  女は、徐々にファーレインから距離を取り、歩き去って行く。    呆然と立っているファーレインの耳に。 「ぷっ」  と、吹き出す声が聞こえた。  ファーレインが振り返ると、ジールが笑いを堪えている様なにやけ顔をしていた。彼の右脚には、ジールが抱えて来た女の子がしがみついてファーレインを赤い顔で見上げていた。  ファーレインは、女の子を見、ジールを見た。 「この子は誰ですか?」 「ああ」  ジールは、思い出したような返事をすると、女の子を脚から引き離す。 「マルク教会で面倒見てくれよ」  そう言って、女の子の背を押した。 「おじさん?」  女の子が、不安そうにジールを見上げたが、ジールは答えない。 「どういう経緯の子なんですか?」 「親に売られたんだ」  ファーレインは、状況を理解した。 「……分かりました。引き受けます」  ジールは、声を落とす。 「あと、その子、人間じゃない」  ファーレインは、微かに目を見開いて、微笑んだ。 「……分かりました。ま、よくある事です」  ジールは、苦笑を浮かべた。 「助かったよ」 「こちらこそ、助かりました」 「貸し借りなしだから」 「お互いに」  じゃあ、と、言って、ジールはファーレインに背を向ける。   「おじさん!」  女の子が叫んだが、ジールは振り返らなかった。   「何やってんだ、俺」  ジールの戸惑いと自嘲気味の呟きは、誰に届く事もなく風に消える。  周囲にいた見物人たちはいつの間にか散り散りになり、町はいつもの活気を取り戻していた。          
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