漆黒に塗る

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「次の絵はまだか? いくらで売れるんだ」 「ねえ。お母さん今度はあれが欲しいわ」  父母はもう彼女の絵を絵としては見ていなかった。娘のことも見てはいなかった。  褒められることも、優しい笑顔を向けられることもない。  彼女も、彼女の絵も、彼らにとっては金を生み出すためのただの道具に成り果てていたのだ。 「あの画家の絵、もう飽きたよね」 「いつも同じような絵ばかりでさ」  名が知れ渡れば風当たりも強くなる。  心ない声が耳に届くようになり、彼女は引きこもりがちになった。  根も葉もない中傷を、見ないようにした。 「あの子、最近付き合い悪いよね」 「売れっ子だからね。庶民には興味ないんでしょう」  周りの人々は段々といなくなっていった。  彼女が外に出なくなったことと、言われのない悪意ある噂のせいだった。  心ある友人に相談すれば迷惑になってしまうと、頼ることもできなかった。  それでも彼女は絵を描いていた。  けれど分からなくなってきていた。  『幸せ』とはなんだったのか。  自分の好きだったものは、もう自分の周りには何も残っていない。  家族も、友人も、笑顔も――。  ただ絵を描いていられたら良かった。  それだけで幸せだったのに、何もかもめちゃくちゃになってしまった。  絵を描くしかできなかった。  きっとそれしかできない愚かな自分が悪かったのだろう。  ただ、すがりつくように絵を描いていた。  絵すらもなくなってしまったら、自分には本当に何もなくなってしまうから。  そんな時に、彼女に一通の手紙が届いた。  恩師の訃報だった。  ただ一人、今でも彼女を庇い、信じ、導いてくれていた恩師が亡くなった。  それを知った時――。  彼女の中で何かがふつりと切れた。
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