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数日後。
アポイントメントに現れない画家を心配してアトリエを訪れたマネージャーは、誰もいないアトリエで一枚の絵と紙切れのメモを発見した。
そして壁に立てかけてあった絵を見て、息を飲んだ。
そこに描かれていたのは、一面の黒だったのだ。
普段の彼女からはかけ離れた画風に、マネージャーは戸惑った。
ただ、よく見れば、『違う』。
おそらく元の絵はいつも通りの彼女らしい絵だったのだ。明るく優しく、華やかで豊かな景色が描かれた、絵の中に入り込みたくなるような素晴らしい世界。
しかし全てを描き終えた時、最後の仕上げとばかりに塗りつぶされているのだ。
一寸の光も射さないような黒で。
「……? これは……」
それを見つけた時、マネージャーは目を見張った。
塗りつぶすようにばら撒かれた黒の隙間。
ほんの小さなその場所に描き込まれていたのは、彼女――あの画家自身の姿だった。
まさかと思い、メモに目を落とす。
メモにはただひと言。
『行ってきます』
そう書かれていた。
そうして春が行き、夏が過ぎ、秋が来て、冬を迎えた。
季節がいくつも巡った今も、画家の行方は杳として知れない。
残されたその絵は、美術館に飾られている。
美術館を訪れる客たちは皆、黒に閉ざされたその絵の前で足を止める。
これまでの幸せな絵とはかけ離れた画風に困惑する。
この画家に何があったのだろう、と。
答えは、誰も知らない。
物言わぬこの絵だけが知っている。
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