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名前をもらいました
ある朝、私の知らない男性が断りもなく屋敷の中にズカズカと入ってきた。
「おう、讃岐のよ」
男はお爺さんを見つけて声をかけた。
「おお、よう来たの。秋田の」
お爺さんはこの男を見て、嬉しそうに答えた。秋田と呼ばれた男は、私を見つけると目を細めて値踏みするかのように、頭から足のつま先まで眺めた。
「うむ、この子かいな。お前さんの言うように別嬪よのう」
そう言って豪快に笑ってお爺さんの肩をバシバシと叩いた。お爺さんも苦笑してから、秋田の正面に向かい直して頭を下げた。
「本日はよろしゅう頼むでな。貴殿の祭祀に任せるでの」
秋田もまた真面目な顔になって大きく頷いた。
秋田は私とお婆さんにお辞儀をして、奥の間へと入っていった。襖が閉まったのを確認して、私はお爺さんに聞いてみた。
「ねえ、お爺ちゃん。あの人は誰?」
お爺さんは私に笑いかけて答えた。
「あん人は秋田言うての、斎部っちゅうもんでな。今日はおめさんの名あを決めてもらうんだ」
おお、ついに名前が!
ちなみに、斎部っていうのは占いなんかを司るお仕事らしい。
私はさっきの秋田さんとの会話で気になったことを聞いた。
「お爺ちゃんは讃岐っていうの?」
お爺さんはちょっと驚いた。
「おお、そういえば教えてなかったかの。儂ん名あは讃岐の造っちゅうんよ」
確かに前世で読んだ物語じゃそんな名前だったかも。すっかり忘れてた。
お爺ちゃんって呼べば通じてたし。
「今日はおめさんにも名あが出来るんぞ」
そう言ってお爺さんは私の頭を嬉しそうに撫でてくれた。
しばらくして秋田さんが白い装束に身を包んで現れた。
「さて、ええかいの?」
お爺さんに向かって秋田さんが問いかけると、お爺さんには頷いて広い居間へと案内した。
秋田さんは居間の中央付近に朱色の台を置き、その上に大きな盃を配してお酒を注いだ。
そして準備が終わったのか、私とお爺さんお婆さんを盃が見えるように座らせると、祈祷が始まった。
秋田さんは盃に向かって一礼すると祝詞を唱え始めた。時々、大幣を左右に振っては呪文を紡いでいく。厳かな時間が続いていたが、体感で十数分程の祝詞が終わり、最後にまた大幣を振ると、秋田さんは盃を覗き込んだ。しばらくじっと見つめた後、ついと私達の方に振り返ると彼はニコッと笑って宣言した。
「名が決まった。お前さんは“なよ竹のかぐや姫”じゃ」
それを聞いたお爺さんは凄く喜んだ。
「おお、おお。良い名あじゃ。かぐや姫よう、良かったなあ」
お婆さんも目に涙を溜めて何度も頷いていた。
そんな二人を見て、私もまた胸がじんわりとして泣きそうになってしまった。
その時、なんの前触れもなくフッと視界が白くなった私は、反射的に目を閉じた。
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