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「ああ、今日もさんざん髪を引っぱられたわ。もう、下のやつら、御利益だなんだって遠慮なくつかんできやがって」  お務めが終わると、巫女のひとりがぼやいた。彼女は華やかな金髪の持ち主だ。 「わたしもよ。最近はマナーの悪い信者が多くて……。あっ、やだ、食べかけのチョコがくっつけられてるじゃない! 最低っ!」 「まあ、食器用の洗剤で落とすしかないわね。あなたの髪色はアッシュシルバーだから、物珍しさで集まってくる低脳なやからも多そうだわ」  最初にぼやいた巫女が、応じた巫女に同情を示す。後者の髪は淡い銀色で、回廊の天井灯を受けて神々しく輝いていた。  巫女の髪は、信者たちのあいだでは色によってランク付けがされている。実際のところ霊力の量に大きな差はないのだが、見た目が人間の印象を左右するのだろう。  金色や銀色、つまりブロンドやプラチナブロンドの髪は、カースト上位である。どこか浮き世離れした色調の美しさは、そうだろう、とわたしもうなずかざるを得ない。続いて、栗色や赤茶といった髪になると中位。色調が暗かったり派手すぎたりする髪は、品がない、と眉をひそめられてしまうことも。  そして漆黒――ようはわたしの色なのだが、この髪は前の言及のとおりカースト最下位である。ぶっちぎりで色が暗い。カラスの濡れ羽色、と異国では喩えられるせいか、不吉な雰囲気さえあるようだ。わたしの髪に触れる信者は一日にひとりいるか、いないかだ。  真っ黒い、ハズレ髪の巫女。  下界の民にだけでなく、同僚の巫女たちからも、わたしはそう嗤われている。 「あなたは黒くていいわよねえ。いたずらもされないでしょう?」  と、ブロンドの巫女が、わたしを振り返って言った。声はあからさまに毒を含んでいる。プラチナブロンドの巫女は、自分の髪のチョコを拭きながら視線だけをよこしてきた。 「え、ええ。そうですね」  ふたりの後方を歩いていたわたしは、どきりとして顔をあげた。前を行く彼女たちの髪を踏まないよう、足元を見ていなくてはいけなかったのだ。こういう場面では上位の者がさきを歩きがちで、わたしには他人を従えて歩いた経験が一度もなかった。  ブロンドの巫女がさらに毒づく。 「あの黒髪に近づくと呪われる、なんて言ってる信者もいるみたいよ。お務め中に噂話が聞こえてきたの」 「噂話……」  神殿の一階の外壁にはインターホンがならんでおり、信者は上層の巫女に向けて画像と音声を送信できる。だが、おもに信者が願望を伝えるためのもので、巫女側ではモニターをオフにしてヘッドセットで声を聞き流すだけだ。願いに合わせた霊力を送り返す巫女もいるが、大半はボランティアに興味を示さず必要最低限の職務だけをこなす。  返信がないので、装置のさきは巫女の耳とつながっていない、と勘違いする信者は多い。だから、集音マイクの前でたびたび不用意な言葉を洩らしてしまう。女神ラプンツェルや神殿、巫女に対する罵詈雑言、などをだ。  聞こえてますよ、って怒鳴ってやったら、さぞかしびっくりするでしょうね。  揶揄を無視し、わたしは妄想で溜飲をさげるにとどめた。実行しても無作法だと神殿に叱られるだろうし、いたずらに目の前のマウント同僚を喜ばせてしまうだろう気もする。そう思っていたら、沈黙を傷心の表れと取ったのか、相手はさらに調子に乗った。 「やあね、落ちこむことないわよ。真っ黒いハズレ髪なんだから、誰も最初からあなたに期待してないわ。その陰気な髪で、せいぜいこれ以上は信者を怖がらせないようにしてね。神殿にひとが寄りつかなくなったらたいへん」 「ええと……はい。がんばります」  会話が噛み合っていない自覚はあったが、へらりとわたしは笑って応じた。  そんな卑下満載の態度に満足したのか、ふん、とブロンドの巫女は鼻を鳴らして前へと向き直った。高らかに靴音を響かせ、回廊を闊歩していく。プラチナブロンドの巫女のほうはもう少し長くわたしを見ていたが、やがて上位の仲間に遅れないためか小走りに進んでいってしまった。
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