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 サロンでリフレッシュしたあとも、わたしは淡々とお務めをこなした。  神殿の窓からおろす髪のたばは、やはりわたしのものだけ信者が寄りつかなかったし、閑古鳥が啼くハズレ髪の惨状を、ブロンドの巫女は小馬鹿にしていた。  べつに、なにも変わらなかった。わたしは連日へらへらと愛想笑いをふりまいて、こみあげてくる反論は喉元より下で押し戻した。変化を望み、革命に身を投じるには、わたしは卑屈に慣れすぎていた。自分を肯定しうぬぼれるのは、意外と骨が折れるのだ。  それでも。  少なくとも俺は、あんたの真っ黒い髪がハズレだなんて思わない。  美容師の青年にかけられた言葉が、胃に穴が開くのを軽減していた。もう駄目だ、つらすぎる、とメンタルが底の底まで落ちたときには、彼の親切を反芻して耐えた。  わたしの髪にもぐる青年の指と、吐息のかかる距離にあった彼の顔と、シャンプー台からただよってきた甘い香り。彼と過ごした時間の記憶が、胸の奥で縮こまっている感情を揺さぶり、うつむくわたしに前を向かせた。プラシーボ的な、お守りのたぐいに似た効果を発揮していたのだろう。  この真っ黒い髪が、ハズレでないと思うひともいる。  けして数は多くない。世界じゅうで彼ひとりかもしれない。だけど、ゼロではない。  そう思い始めると、変わり映えしない生活のままでも呼吸がらくになってきた。あくまでささやかな、当社比のレベルでだったが。  一カ月も経過したころ、ドカンと大きな変化が起きるとは予想もせずに。
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