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週明けは、またしても雨での始まりだった。
(一週間……)
脳内で唱えた単語は重い余韻を残す。
先週、志貴は毎日、屋上に現れた。
一週間、毎日、五日間連続で。
温基が属する一組は、屋上のある中央棟とは校舎が異なるために、終業後に全速力で向かったとしても、志貴より先には着けない。時間を潰してから向かうのは癪に障るし、悪天候なので遅くなればなるほど外が暗くなってしまう。
(ま、僕のクラスがアイツと同じ中央棟でも、駆けっこじゃ勝てないよな……)
自分だけの秘密基地……そんな子供じみた熱意をもっていたわけではない。
元々、空の変化を撮影するのは好きだった。
一年の終わり頃、三階の音楽室から眺めた夕焼けの美しさに心を奪われたのがキッカケだ。授業中に撮影をするわけにはいかないし、人目のある教室も避けたい……そんな理由で放課後の屋上に足を運んだ。
単調な青一色が、様々な色味を交えて夕刻、そして夜へと変化を遂げる様に心を奪われた。命あるもののように目まぐるしく、一度たりとも同じ姿は見せずに変わり続けていく無限のキャンバスの一瞬を切り取ることに夢中になった。青、金、オレンジ、薄紫、濃紺……時の流れが描く極上の色彩を見逃すまいと、屋上を目指す温基の足は飛ぶように軽くなる。
(今日も夕焼けはお預け、か)
志貴の登場は、いつも一人で満喫していた秘密の日課に差す一筋の光であり、目障りな影でもあった。強い光を浴びた自分が産み落とす、濃くて暗い影。放課後の屋上という限定条件が付くからこそ成り立つ関係。通常の人間関係においては交わることなど考えられない組み合わせ、なのだ。
(今日もいる、のか? 陰キャをからかって楽しんでるとか? それにしては、僕に無関心なんだよな……)
温基が現れると、志貴はにこやかに話しかけてくる。他愛のない会話のやり取りは初めこそ緊張したが、屋上のみで完結する間柄だと思えば、どう思われてもいいやと割り切れた。口下手な温基にとって、気安く会話できる相手は珍しい。
(アイツ、見た目と運動神経だけじゃなくて性格までいいのか。神さまって、ホント不平等……)
撮影に要する時間は、ほんの数分だ。夕焼けが拝める天候ならば、空の動きを待つこともあるが、雨天の撮影にあまり時間はかけたくない。透明な輝きを放つ雨粒や、灰色に沈む街並は被写体として魅力はあるが、防水機能を持たないカメラで長期戦は挑めなかった。
その極めて短い時間は、ささやかな楽しみになりつつある。
(アイツには、なにか目的があるんだ)
屋上にいる間、志貴が同じ方向を見つめていることに気がついた。
温基と会話している時も、常に一方向に意識を向ける彼の様子はどうにも気にかかる。
(……悩みなんかなさそうなのに)
昼休みの廊下や合同授業で見かける志貴は、屋上で出くわす時とは異なる、明るい光の中心に君臨している。多くの仲間に囲まれ、屈託のない笑顔をばらまき、人生を謳歌中……誰の目にも、そう映るはずだ。
――おはよ。
廊下で擦れ違いざまに小さく挨拶された時には驚いた。瞠若する温基に微笑を返す余裕も、憎らしいまでにカッコよかった。
雨音が余韻を残す階段に立ち止まり、そっと息を吐く。温基にははっきりと見える境界線は、志貴の位置からは見えない仕組みなのだろうか?
「変なヤツ」
屋上へのドアを開けた先には、今日も雲の上の存在である同級生が待ち構えていた。
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