雨空にマリーゴールド

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「ここまで雨続きとはなぁ」  嘆きの声も爽やかに、本日も屋上には志貴の姿がある。  フェンスに額を押しつけるような態勢で、いつもと同じ方角を見つめる彼の隣にぎこちなく並び、ろくに被写体も確認せずにシャッターを切った。乾いた音が二人の鼓膜を震わせる。 「あれ? 今日はいつもと撮影する位置が違うんだな」 「ん。……志貴がいつも見ている景色を確認するため」  勇気を振り絞って本音を伝えると、耳慣れた快活な声は返らなかった。雨は小康状態となったが、空は厚い雲で覆われており、いつまた振り出すかわからない。フェンスから滴る雨の水音が、二人の沈黙を埋めている。 「距離を置いて眺めれば、平気になるかなと思ったんだ。で、いちばん遠く離れた屋上まで来てみたってわけ。我ながら短絡的」  軽やかな笑いで閉めくくられた回答は、意味がわからなかった。補足を求めて鼻筋の通った横顔を見つめていると、志貴は笑みを刻んだままフェンスの向こうを指さした。 「……サッカーグラウンド」 「そ。かつての、俺の居場所。もう戻れない。空よりも遠い遠い場所」  内容とは裏腹な明るい志貴の声に反応できず、眼界に広がる光景を見つめるふりをした。雨によって、すべてが薄いグレーで塗り直されたグラウンドは荒涼として広がっている。誰もいないことが、却って賑やかな時の情景を強く思い出させてしまう。  グラウンドを伸びやかに駆け回る志貴の姿は、想像の中でも楽しそうに笑っていた。 「こうして遠くから指をくわえていれば、諦められると思ってた。でも、どんどん、心が渇望していくんだ。なんなら、いますぐ泥まみれになってボールを蹴り続けたい……怒られるから、しないけど」 「すればいい。怒られた時は、僕が庇ってやるよ。撮影のモデルを強引に頼みこんだ、って」  目を丸くして振り向いた志貴の顔に、初めて感情が宿った気がした。いつも、気のいい人気者の仮面をかぶり、なにも傷ついていないような顔で笑顔を貼り付けて……曇天の下で絶望を吐き出す素顔の方が、よほど人間らしい。 「森元、いつか、ベストな一枚、見せてよ」 「いつかな」  お互いの顔を見つめて笑い合う。流雲が目まぐるしく過ぎ去る曇り空の下で、初めて彼と心を通わせられた気がした。 (いつか、か)  無人のグラウンドを見下ろしたまま、小さく心で反芻する。 「いつか」は、実現できない未来への枕詞だと知っていた。
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