雨空にマリーゴールド

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 九月の第三週は、久々の晴天とともに幕開けした。  雨上がりのうだる暑さにげんなりとしつつも、ようやくの太陽に校内も活気を取り戻しつつある。放課後の校庭には運動部員たちの声が響き渡り、部活再開を待ち侘びていた彼等の喜びが弾けていた。 「あっついな……」  汗をかきかき屋上へと続く階段を上る温基の日常に変化は見られない。待ち侘びた夕焼けとの再会に弾むはずの心は、先日までの天候のようにスッキリとしなかった。  乱れた呼吸を整えもせずに、勢いのままドアを開ける。  熱風とともに視界に飛びこむ味気ない色の床。残暑の厳しさを示すギラつく夕陽が照らす屋上には、温基以外に誰の姿もない。  脳内にチラつくオレンジ色を必死で掻き消しながらも、平常を装い一歩を踏み出した。 「やっぱ、晴れはいいな」  こぼれ落ちた独り言に、遠くでツクツクボウシが応えた。予想外の訪問者がいたせいで、ソロ活動が当たり前だった屋上での撮影が、妙に居心地が悪い。おまけに、余力を振り絞る太陽はなかなか暮れ始める素振りもなかった。滲み出る額の汗を拭いつつ、最後に二人で立った「彼の定位置」へと足を向ける。 「おー」  これまで、幾度となく通い続けた屋上で、一度も興味を引かれなかった景色を新鮮な気持ちで見下ろす。沈む太陽の行方と空合が温基の被写体であり、なにより、撮影中の姿を誰かに目撃されて揶揄われるのは嫌だった。 「屋上(ここ)とどっちが暑いかなー……」  グラウンドに散らばるサッカー部員たちは、暑さなど無関係と言わんばかりに駆け回っている。以前は煩わしかった彼等の歓声も、晴天の産物と思えば悪くない。 「ん?」  不意に視界に飛びこんできたオレンジ色に目を凝らす。グラウンド内ではなく、白線の外側でぶんぶんと屋上に向かって手を振る人物がいる。 「えぇっ……」  慌てふためき、左右を見回す。もちろん、誰もいない。満面の笑みで両手を振り上げている志貴は、ビブスを着用していない。学校指定の体操着姿から、選手以外の役割でサッカー部に復帰したのだと推測した。  同情なのか応援なのか、寂しさも喜びもごちゃ混ぜになった曖昧な感情が胸に湧き起こる。毎日、彼と見上げた曇り空を思い出して懐かしさを噛み締めた。 (つい先週のことなのに)  一人に戻った放課後の屋上は、灰色の雲は消え去り、どこまでも見渡せそうな快晴の空が見渡せる。 「いい笑顔」  ひとりごちて、ぎこちなく手を振り返す。絶望を求めて屋上に佇んでいた彼を知るのは、世界中で自分一人かもしれない。  雨に濡れた屋上に立つ孤独な後ろ姿が、鮮やかに脳裏に蘇る。打ちひしがれて、というよりは、雨空に反抗して咲き誇るマリーゴールドのような強さを湛えていた。 「絶望も知ってるって、ますますカッコいいじゃん」  温基のつぶやきは志貴に届くことなく、金色に染まり始めた夕空に流れて消えた。
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