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さとすような声色に、有無を言わさぬ調子がにじんでいる。水原が周囲を見まわした。
「今の、何ですか? 誰の声?」
「お客さまの残存記憶ね。おそらく子どものころ、お母さまから言われたのでしょう。その記憶が実体化した」
「へえ……。でもこのお洋服、そんなに派手ですかねえ。オフショルだけど肩ひもがあるし、元気で可愛いデザインなのに」
二人が話している間に、ワンピースは急速に光を失いはじめた。野生子はすかさず杖を振り、呪文をとなえた。霧散しそうになっていた光が、レモン大の塊に結集する。
「ぴいっ」
と鳴いて羽ばたいたかと思うと、小さなカナリヤの姿となって野生子の肩にとまった。
「これでよし。行きましょう」
野生子たちは先へ進んだ。カナリヤも、ほのかに輝きながらついて来る。
少し行くと、今度は青色の光が見えてきた。紺の上下に、えんじ色のスカーフを結んだセーラー服。吹きつける風がさざめく。
『あれーひな子、スカート短くした? どうしたのさ。キャラじゃないじゃん!』
少女たちの、空き缶のぶつかりあうような笑い声があたりにこだまする。セーラー服のスカートはずるずると伸び、青い光は薄れはじめた。
「なんか、感じ悪ぅ」水原がうなる。
「相手も思ったままを言ったのでしょうけど、まあ気になるわね。『人は見た目じゃない』っていうのは、成熟した大人の価値観だもの。容姿がアイデンティティでもある年ごろに、こんなことを言われたら傷つくわ」
野生子もうなずきながら杖を振るう。セーラー服は、青灰色の体に赤い腹部が鮮やかなイソヒヨドリへと変化した。
その後も、鳥は増えていった。
『それを着ていくの? すぐに汚しそう』
母親に心配された白のワイドパンツは、ダイサギに。
『あらひな子ちゃん、ぬいぐるみみたいな服着てるのねえ』
近所のおばさんから指摘されたもこもこのセーターは、ミミズクに。
『ひなちゃんにはもっと、可愛い格好もして欲しいんだけどなあ』
とぬかすのは、ボーイフレンドだろうか。カーキ色のウインドブレーカーを、野生子はハヤブサに変えた。
だが、迷宮の声は沼のガスのように湧いてくる。
『その柄が好きなの? 目がチカチカするんだけど』
『ひな子ちゃん、若いのに華やかなファッションはしないのねえ』
『まだ学生なのに、そんな派手な格好で』
『もう社会人なんだから、もうちょっと落ち着いた色を』
『ヒールは履かないほうがいいんじゃない、背が高いんだから』
『あなたの通勤コーデ、マンネリ化していませんか? 二十代女性におすすめのオフィスカジュアルはこちら!』
『骨格診断が……。パーソナルカラーが……』
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