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「あーもうっ! 勝手なこと言うなぁ!」
水原の声に驚き、小鳥たちが飛び上がる。いまや二人は、色も形もさまざまの鳥に囲まれていた。尾羽が美しいキジに、色鮮やかなモモイロインコ。メジロにコマドリ、トラツグミ。どの鳥もほんのり輝きながら、野生子や水原の肩に休み、あるいは羽ばたいてついてくる。
「お客さまが服選びにネガティブになるのも無理ないですよ。さっきから嫌な思い出ばっかり!」
「それが迷宮の機能なの。ものごとの悪い面ばかり強調するのよ」
苛立つ水原に返しながら、野生子は前方に目をこらした。周囲のボロ服は朽ちて個々の形を失い、消し炭のような黒へと変色している。数歩先も見えない暗闇の中、ずっと聞こえている風の音はいつしか大型ファンの立てるようなごうごうという音に変わっていた。
「水原さん、少し離れて私の後から来なさい。足もとは自分で照らしてね」
「えっ。私、ふつーの人間なんですけど」
「スマホがあるでしょうスマホが」
空気は淀んでほこりっぽく、生乾きの洗濯物のような匂いが立ち込めている。思わず咳払いした野生子の耳もとで、カナリヤが励ますようにさえずった。
緩いカーブの一本道を曲がり切ると、道幅が少し広がる。その先に、巨大な何かがうずくまっていた。
「あれって……」
背後の水原がつぶやく。野生子はうなずいた。
「お客さまだわ」
それは、見上げるほど大きな生き物だった。たたんだ翼に首をうずめた姿はカラスに似ているが、他の鳥たちのように輝いてはいない。あらゆる色が混ざりあって濁りきったかのような黒が、闇の中に凝っている。
野生子たちの気配に気づいたのか、フイゴのような寝息を立てていた鳥は頭をもたげた。鋭いくちばし。穴のような暗い瞳の奥に、怒りとも困惑ともつかない色があった。
「お客さま」
野生子はちゅうちょせず、巨大な鳥の前に進み出た。
「わたくし、シャンティの店長でございます。このたびは大変なご迷惑をおかけいたしまして、まことに申し訳ございません。すぐに出口までご案内させていただきますので、どうか元のお姿に……」
大ガラスはくちばしを開いた。しわがれた声がその喉から絞り出された。
『嫌です……ここにいます。もう、どうすればいいのかわからない。何を着ればいいのか……』
「それは、この場所のせいです。外に出れば気分も良くなります。ですから一度、お召物のことはお忘れになって」
『いいえ、これで良いんです、私。おしゃれなんて、もうどうでも……。これからはずっとここで、真っ黒のままで……』
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