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巨大な鳥の体が震えだす。その振動は迷宮の壁に伝わり、ボロ布の残骸がばたばた音を立てて落ちはじめた。
「そんなことをおっしゃらないで!」
野生子は声を張り上げた。
黒を着たいというなら、着ればいい。現に野生子たちシャンティのスタッフは、常日頃から黒を身に着けている。だがそれはあくまでも、お客さまの黒子に徹するという目的があるからだ。一方、目の前の大ガラス――ひな子さんは、他のあらゆる色彩をあきらめた結果として、暗闇の黒に取り込まれかけている。
このままでは、お客さまは自分への不信で生き埋めになってしまう……!
足もとの揺れをこらえながら、野生子は銀色に輝く杖を差し上げた。その動きに合わせるように、まわりの鳥たちが野生子の頭上に舞い上がる。彼らの放つ色鮮やかな光は、一箇所に集まると白くまばゆく輝きはじめた。
色は混ぜると黒になるが、光は集まれば白になるのだ。詳しくは検索ください。
飛び回る鳥たちに囲まれて、野生子は指揮者のように力強く杖を振る。輝く群れは、一斉に大ガラスへ突進した。
強い光の奔流に、大ガラスはギャッと鳴いて羽を広げた。とたん、息もできないほどの強風が巻き起こる。吹き飛ばされそうになりながら、鳥たちは必死でさえずり大ガラスへ向かっていった。その鳴き声が、野生子たちにも聞き覚えのあるものに変化した。
ひな子さんの心に残る人びとの声。だが、先ほどとは少し調子が変わっている。
『わざわざ派手なデザインを選ばなくても、ひな子は明るい色がよく映えるんだもの』
と言ったのは、母親の声。
『背が高いから、スカート長くても全然スラッとして見えるのうらやま〜』
口々に言うのは、同級生の声。
『あのさあ、今度いっしょに買い物に行こうよ。おれも、ひなちゃんの好きそうな服を探すから……』
と、ボーイフレンドの声。試着の苦手な彼女は、きっと彼の誘いを断り続けてきたのだろう。
誰も、無理しておしゃれに装う必要はない。人の言うことなんて気にしなくていいのだ。
けれど怖がることをやめれば、あなた自身のスタイルが見つかるはず。
「お客さま、どうかご自分の魅力に気づいてください!」
野生子は叫んだ。
「華やかなお色も、きっとお似合いになられますぅーっ!」
水原も絶叫する。闇の中を輝く鳥たちが飛び回り、風に舞い上がったボロ布とともに回転している。
『ギシャアッ』
大ガラスがひときわ高い声で鳴いたかと思うと、迷宮が大きく揺れた。足が浮くほどの衝撃に、野生子たちはたまらずしゃがみこむ。その上から大量の古着が降り注いだ。
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