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「私、どうなるの?」
「さぁな。俺はお前を不幸のどん底に突き落として、その綺麗な顔が歪むのが見られればそれでいい」
ひとり言のような呟きに、どこまで本気かわからない浬の切り返しがある。浬は咲良の頤に手を伸ばし、強引に自分の方へ向かせた。
「家族、恋人、友人……お前の大事にしているものをひとつずつ奪ってやる」
冷酷な声と容赦ない視線。脅しではないのが伝わってくるが、咲良は目を見開いたままだった。
ややあって彼女の形のいい唇が動く。
「もう全部……奪われているから」
呟かれた言葉に、今度は浬が大きく目を見張った。
「お父さんは私が五歳のときに事故で、お母さんは私が十歳になる前に病気で亡くなったの」
母と父は結婚を反対されていたらしい。神守家は母の姓だ。父の実家についてはよく知らず、お互いに実家と縁を切っての結婚だと聞いた。
おかげで両親が亡くなった後、咲良は孤児院に入った。母を亡くした寂しさを感じる暇などなく、学校も転校を余儀なくされ、生活は一変していく。
必死で勉強して気持ちを紛らわし、高校は特待生として全国的に有名な進学校へ入学できた。アルバイトをできる年齢になり、孤児院を出て孤児院の院長のつてで借りたアパートはかなり古くて狭い。お世辞にも快適とはいいがたいが、咲良にとってはやっと手に入れた自分の居場所だ。
しかしある日、母の遠縁だと名乗る神守太一という男性が尋ねてきたのだ。
太一によると、彼は咲良の母と結婚する予定だったらしい。昔から決められた許嫁だったと。しかし母は父を選んだ。おかげで太一は、神守家の人間とはいえ、本家の娘である母ではなく、分家の娘と結婚したのだと。
どこか恨みがましい口調で告げられるものの、咲良としてはどうすることもできないし。今さら自分になにを求めているのか理解できない。
すると太一は、とんでもない話をしてきたのだ。
「で、神守家が援助するから、こんなボロ小屋とはおさらばして、もっといい家から高校に通うっていうわけか」
どこか小馬鹿にした浬の言葉で我に返り、咲良はじっと彼を見つめた。彼がそう言うのも無理はない。あまり広さもなく、ものがないこの部屋には、段ボールがふたつ。そこには咲良の荷物が詰められていた。
「援助は受けないし、高校もやめる」
咲良は間髪を入れずに返した。
「結婚するの、明日」
さらに咲良が続けた内容は浬にとっては完全に予想外のものだった。浬は眉間にしわを寄せる。
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