第三章 微熱の確認

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「アルフレッド様……」  どうして貴方が被害者みたいに苦しそうな顔をできるのかと、冷たい目で言い捨ててやりたいような気持ちもある。  でも、これからずっと身内として接することとなるこの男に――そして、シンシアを庇いミアを注意する程度には良心のあるこの男に、今更追い打ちをかけるような嫌味を言うのは忍びない。 (なんて声をかければいいのだろう。『ありがとう』はおかしいし、『ごめんなさい』もちょっと変だし)  だいたいどうして私が悩まなければいけないんだ、なんて納得いかない気持ちを持て余していると、彼女の伏せ気味の瞳をどう解釈したのか、 「シンシア」  アルフレッドは両手でシンシアの肩を掴み、強引に正面を向かせた。 「アルフレッド様?」 「聞いてくれシンシア。俺はまだ君が好きだ」 「やめてください、あの」 「あのときの過ちは本当にすまなかった。もし俺を許してくれるなら、頼む、二人で逃げてほしい」 「なにを仰っているんです、ねえ」 「東の奥地に公にできない結婚を執り行ってくれる教会がある。そこで二人きりで式を挙げて、ほとぼりが冷めるまで隠れて暮らそう。きっと楽じゃないと思うけど、金には多少の余裕があるし、君もこのミストムーアを売ればまとまった金が手に入るはずだ」  アルフレッドの太い指がぎりぎりと肩に食い込んでいく。痛い、と叫びたいのに、喉が渇いて声が出ない。  目を見開き、必死になって言い募るアルフレッドの顔は、まるで何かにとりつかれたみたいに凄惨だ。こめかみが小刻みにひくつき、唇は絶えずわななき、彼がどれだけ真剣な気持ちで懇願しているのかがわかる……が。 「ま、待って……やめて……!」  迫られるシンシアにしてみれば、こんなのもはや恐怖でしかない。自分より遥かに体格のいい男に肩を掴まれ、華奢な女に恐怖を感じるなという方が無理な話だろう。  しかも要求されるその内容は、到底受け入れられない話だ。いったいどうして自分が彼と駆け落ちをしなければならないのか、逆に理由を教えてほしいくらいだ。 「わ、私、アルフレッド様と一緒に行く気はありません」 「どうして!?」 「どうしてって、だって、私、ここに越してきたばかりです。ミストムーアを売り払うなんて少しも考えられませんし、……それに、……」  今はもう、貴方への想いは過去の思い出になったのです。  後々のことを鑑みれば、ここではっきりそう告げてしまう方が良かったのだろう。だが、迫る恐怖におののきながら、シンシアにできることといえば、ただ弱弱しく哀願するよう必死にかぶりを振ることだけだ。 「どうしたら……どうしたら俺を許してくれる?」 「あ、アルフレッド様、やめて、」 「なあ、シンシア、お願いだよ、もう一度チャンスを」  そのとき、ふいにアルフレッドが顔を上げたかと思うと、掴まれていた両肩の痛みが突然ふっと楽になった。  視界の間近に影がかぶさり、シンシアはおそるおそる顔を上げる。……この、見慣れた燕尾服と、濃紺色の柔らかな髪は。
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