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「……そして、こちらが厩番のヒューゴです」
「よろしく。シンシア・フローレスです」
白い帽子を胸元へ降ろし、丁寧に礼をするシンシアに対し、ヒューゴ少年は形通りの、どこか他人行儀な仕草で頭を下げる。
褐色の肌に赤い瞳、固く結んだ薄い唇。年は十を二つか三つ過ぎたくらいだろうか。大きな瞳を見開いてじいっとシンシアを見つめているが、その頬にはいくら待っても笑みの欠片も浮かぶ様子はない。
新しい主を前にして単に緊張しているのか、それとももっと別の感情が愛嬌を阻害しているのか。……愛想笑いに疲れた頬を若干引きつらせながら、シンシアは少しだけ寂しそうにまつ毛を伏せる。
(仕方ないこと……なのかな)
このヒューゴだけではない。メイドも、コックも、みんなそうだ。
彼らのこのよそよそしさは、閉鎖社会の習性だろうか。王都を出てきたばかりの年若い新領主なんて、最初は値踏みされるのも当然だろうとは思っていたが。
(正直なところ、こんなにみんな親しみにくいとは思わなかった。年嵩の使用人だけじゃない、わりと若いメイドたちまで、あんなに冷たい瞳で私を見てくるなんて)
疲れを感じる。
体力ではなく気力の方だ。
だが、今のシンシアにできることといえば、領主として認められるよう日々仕事に励むことくらい。あとはせいぜい一日でも早く使用人の顔と名前を覚え、少しずつ信頼を重ねていくしかないだろう。
彼らと談笑できるようになるまで一体どのくらいかかるだろうか。気の遠くなる話だな、と軽く自嘲していると、
「シンシア様。よろしければ、このまま少し庭を歩きませんか」
と、案内役として随行していたセオラスが声をかけてきた。
「え? ええと、わかった」
シンシアは戸惑いながらも頷き、セオラスに先導されるまま馬小屋を後にする。そして庭園の奥へと連れられていくと、そこにはホワイトウッドで造られた小さな東屋があった。
「どうぞ」
促されるまま中に入ると、甘い香りが鼻をくすぐった。東屋のすぐ脇にある低木から、花の香りが漂ってきているのだ。
遠くには広い草原と湖が見渡せて、そのまま視線を巡らせていけばミストムーア城の質素な、しかし品のある佇まいが自然と視界に入ってくる。
ここなら日陰で涼しいし、小休憩にはちょうどいい。シンシアは一番景色がよく見える席に腰掛けると、ほうっと小さくため息をついた。
「一息つけそうですか?」
「ええ。……ありがとう、気を遣ってくれて」
「とんでもない。使用人一人一人の仕事を自ら見て回っているのです、お疲れになるも当然でしょう。特に皆、仕事中は……とても集中しておりましたから」
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