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集中、ねえ。背もたれに寄りかかり涼しい風を感じながら、シンシアは遠くを眺めたままその瞳をわずかに細める。
城の裏からほうきを片手に、メイドが一人近づいてきた。彼女は東屋で休憩するシンシアに気付いたようだが、ちらと視線をセオラスへ移すと、それきりこちらを見ることもなく、黙々と落ち葉の掃き掃除を開始してしまう。
(……真面目なこと)
皮肉っぽい自分の心に若干うんざりしながらも、シンシアはメイドから顔を背けると二度目のため息を吐いた。
「シンシア様、喉は乾いていませんか? よろしければこの東屋でティータイムなどいかがでしょう」
セオラスはにこにこと、シンシアにも愛想を振り撒いてくれる。
その気持ち自体は嬉しいが、心がささくれ立っている今は、彼のその優しさすらなんだかひどく億劫だ。
「お願いしようかな」
さして喉も乾いていないのにそう頼んだのは、少しでいいから一人きりになりたかったからだ。
この城の人と一緒に過ごしていると、なんだか少し肩が凝る――いっそ一人きりの方が、気楽に過ごせるものである。
セオラスは恭しく頭を下げ、城の中へと引き返していく。彼の姿が見えなくなると、なんだか急に気が抜けてしまい、シンシアは両手で顔を覆って「ああ」とくたびれた声を漏らした。
そのときふいに森の方から、髪が舞うほどの風が吹いた。あっ、と思ったのも束の間、シンシアが被っていた白い帽子が、風に誘われて青い空へとふんわり高く飛んでいく。
「待って」
それで止まるはずないのはわかるが、思わず呼びかけ立ち上がる。
掃き掃除をしていたメイドは空飛ぶ帽子を一瞥し、しかし無視を決め込むみたいにうつむき掃除を続けている。
(ああそうですか。別にいいわ)
シンシアは立ち上がり、両手でスカートを持ち上げると、自らの足で芝生を駆け帽子を追いかけ始めた。
ちょうどよく風に煽られ、上がったり下がったりを繰り返しつつ、白い帽子はゆるゆると地面に向かって落ちていく。かと思うと、また空へ高く舞い上がり、足を止めかけたシンシアをあざ笑うかのようにどんどん遠ざかっていく。
「ああもう、待ちなさい!」
どれだけ本気になって走ろうとも、シンシアは風に敵わない。
帽子は軽やかに庭を駆け回り、やがてようやく追い風を失い徐々に速度を落とし始めた。緩やかに地面へ落下する、その先にはちょうど落ち窪んだ、雨水と泥の混ざったような茶色い水たまりがある。
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