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「お気遣いありがとう。でも、執事長の仕事は忙しいでしょう。セオラスを呼んでもらえるかしら」
少し露骨すぎただろうか。でも経験上、こういう輩はこのくらいハッキリ言わないと伝わらないものだ。
案の定パーシヴァルはちょっと片眉を持ち上げ、「セオラス、ですか」と低く呟く。物言いたげな粘つく視線が、じろり、シンシアを舐めるように見る。
そして彼は日傘をしまいつつシンシアに背を向けると、不穏さをわざと匂わせるよう、軽く鼻を鳴らしてみせた。
「シンシア様はロマンチストよりミステリアスがお好きなようだ」
ミステリアス? セオラスが?
どういうことかと訊ねる前に、パーシヴァルは振り返りもせず屋敷の方へと去っていく。
やがて、数分もしないうちにパーシヴァルと入れ替わる形で、白い日傘を携えたセオラスが笑顔で姿を現した。
「お待たせしました、シンシア様」
「ずいぶん早いのね。近くにいたの?」
「ええ。実は、シンシア様が庭へ出られたのを見かけ、日傘を持ってお供させていただこうかと、すぐ傍まで来ていたのです。ただ、執事長とお話しされているところが見えたので……」
つまり彼は、パーシヴァルに遠慮してずっと影に控えていたのだろう。さきほどの会話も少しは耳に入っていたのかもしれない。
選ばれた、と――そう感じてくれたのだろうか。淡い喜びの色を載せた彼の瞳は輝いていて、見つめているとくすぐったそうに、恥じ入るように微笑んでくれる。
(この面立ちのどこがミステリアスなのだろう。むしろあどけない少年みたい)
パーシヴァルは癖の強そうな男だったから、選ばれなかった捨て台詞として適当なことを言ったのかもしれない。
シンシアは彼の存在を意識の外へ追いやり、セオラスのさした傘の中へそっと身体を寄せた。
シンシアが歩く速さに合わせ、セオラスの持つ傘が揺れる。彼はシンシアの目線を拾い、あの花は夏椿ですとか、この辺りは冬になると雪景色にナンテンが見られて綺麗ですとか、いつになく弾んだ声であれこれと教えてくれる。
「この小道の先には湖があります。浅瀬であれば泳ぐこともできますよ」
「水泳は得意じゃないから、舟遊び程度にしようかな。ボートはあるの?」
「もちろんです。湖の上は夏場でも涼しいので、きっと喜んでいただけると思います」
彼の楽しそうな姿を見ていると、シンシアまで一緒になって気持ちが弾んでくるようだ。自然と頬を緩ませてセオラスの顔を見上げていると、
「あの、私、うるさかったでしょうか?」
と、彼は少し困ったように表情を曇らせた。
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