DISTANCE

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麻有実と明彦はフロントでタクシーを呼んだ。程なくして到着したタクシーに乗り、明彦の荷物を置いているという場所まで、ドライバーに告げた。 「どんな場所に荷物…置いてるのよ?」 「住んでた所も引き払ってしまったからな…。ホームレス状態…。」 「とりあえず…住めてるって感じなの?」 「とりあえず…住んでる…。」 20分ほど走った所だった。 明彦はドライバーに「その辺で…。」と伝えた。 伝えた場所を見て…麻有実は辺りを見回した。 「…ねぇ、明彦…今までこんな所に居たの?」 「…まぁ…な…。」 タクシーがゆっくりと端に寄せて止まった場所。 過疎と言うより、明らかに街から離れた場所にある長屋の建物。 先に降りた明彦はその場所まで歩いて行った。麻有実はドライバーに待つ様に伝えた。 「…生活保護…ってヤツだよな。仕事も出来ない身体だし、収入も無い。町営住宅だよ…。酷い有り様だろ?」 そう言って自分の部屋に入る。麻有実は辺りを見回してゆっくりと中に入った。 最低限の家電製品とバッグ…折り畳まれた布団一式…それだけだった。 明彦はバッグを開け、中からパスポートを探していた。 「…ねぇ…バッグごと持っていきなさいよ。」 「…は?」 「それだけなんでしょ?重要なモノって…。」 「…あぁ、まぁな…。」 「じゃあ、そのバッグだけ持ってタクシーに戻るわよ!」 明彦は麻有実に言われた通りに…バッグだけを手にしてタクシーに戻った。 麻有実はタクシーのドライバーにホテルに戻る旨を伝えた。 ホテルに戻るまでの気まずさ…それが明彦には、辛かった。 溜息をついた麻有実が口を開いた。 「…仕方ないわよね…胃がんで胃を半分も切除してるんだし、あんな場所から…仕事行くにも…行きようが無い…か…。」 「…生きていくのがやっと…そんなところだ。」 麻有実には、明彦が5年間の闘病生活の壮絶さ…が垣間見えた。 「人生なんて、どこでどう変わってしまうか?そんな事は誰にも分かんない。坂道を転がり込んだ先が…。」 「それ以上、言わなくて良い。」麻有実が明彦の言葉を遮った。 麻有実の中にあった…5年前の明彦。 それは過去の明彦であり、今の明彦では無い。 「俺をフィレンツェまで…連れて行って…後悔するぞ。」 「後悔なら、とっくにしてる。だから、私なりのケジメをつけに来たんだから。」 「ケジメ?」 「誰に何と言われようと…私が決めた事だから。」 麻有実はタクシーの窓から見える景色をただ、眺めていた。 「なんなのよ…この有り様は…。」 麻有実は…悔しかった。
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