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「麻有実。さっきはあんな事言って、ゴメン。」
「ううん。悪かったのは私。こっちこそ、辛い遺体確認なんかさせて、ごめんなさい。」
2人は並んで座っていた。
チーフパーサーの女性が指差す席。その先に明彦が座っていたと言う事を知らされた。
麻有実はチーフパーサーの許可を得て、その席へ座ってみた。
「どう?明彦。777のファーストクラスも悪くないでしょ?」
そう言ってリクライニングを倒してみた。同時に、ここが最期の場所だったかと思うと…涙が込み上げてきた。
「じゃあ…私は後ろに座ろうかなぁ。」
そう言って麻有実の後ろに座った優子。
「五十嵐…この窓から何を想って…逝ったんだろうね…。」
「…でも、最期に、この飛行会社のファーストに乗れて良かった。」
いまだ涙が止まらない、麻有実を見たチーフパーサーの目をにも、浮かぶ熱い物を抑え込んだ。
ドアが閉まったアナウンスが始まる。事実上のチャーター機がゆっくりと動き出した。モニターから流れる安全マニュアルを見てると、機首を誘導路へと向かう機体。
滑走路までの時間は早かった。
出発するその機体の4基のジェットエンジンが唸りをあげ、加速し始めた。
「明彦…今度こそ、本当に帰ろうね…。」そう呟いた。
加速し続ける。離陸決意速度V1に達すると、羽ばたく翼が天を向いて飛び立った。
しばらく雲の中を飛んでいたが、その雲を抜けると…悔しいほど、晴れていた。
「麻有実?大丈夫?」
後方から優子が声を掛けた。
「本来なら、そこの2席に座ってはずなのよ…。なのに、何故…カーゴスペースに居るの?私の横じゃなく…。」
「麻有実。羽田に着いたら、海外で亡くなった方専門の葬儀のプロフェッショナルが居るから、そちらで綺麗にしてもらって小さな葬儀場で…見送ってやろうよ。2人だけで良いでしょ?」
麻有実は頷いた。
「今度は…ちゃんと顔を見てあげなさいよ。」
「…うん。」
「…最期まで…私が見てあげたかったのに…。」
「…あの奥様。」チーフパーサーが麻有実の傍にやって来た。
「…あ、はい。」
「実は…私の主人もガンで亡くしたんです。」
「えっ…?」
「私共の仕事は、何が起きても、主人の訃報を聞いても…いつも通り、冷静にお仕事しております。私情を挟む無礼をお許しください。五十嵐様は…見られたくなかったんだと思います。」
明彦の手紙にも書かれていた事だった。
「私もフライトを終え主人の元へ駆けつけましたが、既に息を引き取った後でした。ですが、主人の日記に書かれてましたよ。"こんな辛い最期を見せなかったのが…唯一の救いだ"と。」
「…悔しくありませんでしたか?」
麻有実がチーフパーサーに尋ねた。
「悔しい…という気持ちよりも、お疲れ様…という気持ちで抱き締めたのを…思い出します。闘っていたんですよね。その闘いから解放されたと感じたら…自然とそう言う言葉が出ました。」
「…お疲れ様…か…。」
「私が五十嵐様を発見した時、尋常ではない量の鎮痛薬をスパークリングワインと共に飲んでいた様です。そうまでしないと、苦しみから解放されなかったんだと…思いました。」
恥じた。自分の体裁ばかり気にして、明彦の苦しみを分かってあげれてない自分を恥じ、責めた。
「日本に帰ったら声を掛けてあげて下さい。お疲れ様…と。」
涙が出て止まらない。2人しか居ない機内で号泣した。
優子は黙って見ていた。
1人で思い、1人で悔やむ時間を与えた方が良いと判断した。
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