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「私が最期に明彦を見たのは…オフィスだった。"じゃあ"って…。まるで近くを買い物に行くみたいに、出て行った…それが最期。」
「…そうだったねぇ。」
「早く楽になりたかった…んだろうね。私はそんな明彦の事なんて思いもしないで、自分の事ばかり考えてた。
最低の妻よね。」
「最低の妻に…ファーストクラスに座って、用紙に気持ちを書くはず無いでしょ?五十嵐の中では、悲しむ姿の麻有実は見たくなかった。自分の苦しむ姿も見せたくなかった。まぁ、彼なりの気遣いって事じゃない?」
「気遣いか…。私が彼にしてやった事は…なんなんだろうってずっと思ってた。」
「最初から最期まで…五十嵐らしいよ。」
「前にね…明彦が嵌めていた時計…《ダ・ヴィンチ》。その名前のついた空港と駅があるから行ってみないって誘ったの。そこから1時間ぐらい列車に乗って行った先に、世界一美しい丘があるからそれも一緒に行こうって…話してた。」
「あぁ、イタリアのローマだっけ?」
「そう。本当はね…その丘でこれを…明彦にって。」
そう言ってバッグから取り出したのは、小さな箱。中には指輪が入っていた。
「私にプロポーズした時の事、覚えてるでしょ?」
「あれは…無謀というか…サプライズにしても、凄かったからねぇ 笑」
「明彦、あの日の為に半年近く、この指輪をオフィスのデスクの奥にしまってたんだって。」
「… 笑 五十嵐らしい 笑」
「だから…同じ事をしてやろうって、思ってたんだ。」
「…そっか。」
その指輪は明彦が喜ぶと、勝手に思っていたのかもしれない。その指輪を眺めて、大きく溜息をついた。
「葬儀が終わったら…1人で行ってみる事にする。勿論、明彦が嵌めていた《ダ・ヴィンチ》を私の左手にして行くの。そこから1時間ちょっと列車に乗って行く。オルヴィエートの丘に。その丘から…この指輪を投げる!!」
「投げなくても良いじゃない。もったいない…。」
「ううん。明彦に捧げる。だから投げてやる 笑」
「相変わらず、五十嵐の事になると…ムキになるよね?麻有実は 笑」
「当たり前でしょ。私が愛した…最初で最後の人だもん。」
「1人で大丈夫?」
「大丈夫。ファーストクラスで行ってやる!! 笑」
「まぁ、それも…良いよね 笑」
「まだ、伝えたい事が…沢山あった。まだ一緒に連れて行きたい場所も沢山あった。そうやって、まだを考えてると私って…重い女かな?笑」
「良いじゃないの?重いとか…そう言う気持ちはこの際、その丘に捨ててきなさいよ。」
「…そうだねぇ。」
機内食の準備が始まった。明彦が愛してやまなかった…あの…スパークリングワインと共に頂く機内食をじっくりと味わっていた。
自然と涙が込み上げてくる。それを作り笑顔で食べる麻有実は…もう、普通な…明彦と一緒にいた頃と、同じ気持ちになれていた。
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