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明彦を乗せた機体がようやく、日本に帰って来た。
麻有実と優子はブリッジを渡る時、カーゴスペースの明彦が搬出されるのを見て、やるせない気持ちで一杯だった。
ゲートを出ると、『五十嵐・東 様』のプレートを持った1人の女性が居た。その女性に駆け寄る。
「…五十嵐様と東様でしょうか?」
2人は返事をした。聞けば、外務省の顧客から連絡有り、明彦の処置を施してくれる…海外で亡くなった方専門の葬儀プロフェッショナルの方だった。
2人は別室に案内されると説明を受けていた。
明彦はこれから、司法解剖を受ける事。その後、処置をして指定された葬儀場へと、運ばれる。
「何か…ご希望がありましたら遠慮なく仰って下さい。」
麻有実と優子は顔を見合わせて考えたが、何も浮かばなかった。
「あの…何かお召しになる服とかは?」
その女性が尋ねる。麻有実は、仕立てたスーツを思い出した。
しかし、元の姿のまま、旅立って行った事を思い出させた。
「…いえ。夫は元の自分に戻ろうと、今までの高級な物を一切置いて行った事を尊重したいので。」
それは、明彦への敬意でもあった。
「…そうだね。五十嵐らしくて良いかもね。」
優子も同じ気持ちだった。
その女性と相談した結果、都内の小さな…本当に僅かな人のみで行う葬儀場を抑えてくれた。
参列者は…麻有実と優子だけ。それで良かった。
明彦は大学病院で司法解剖の為に送られた。
「ただでさえ、苦しんだのに…また解剖だなんて…。」
麻有実は本当に悲しく、やるせない気持ちだった。
2人は自宅に戻り、今夜行われる葬儀の準備を始めた。
「ただいま…って、私だけなんだよね…。」
そう言ってシャワーを浴びて、喪服に着替えると、チーフパーサーに渡された遺品を開けてみた。
「こんな…ボロボロのバッグなんか…持って行って…。」
そう言いながらそのバッグの中を見ていた。数枚の服と下着…それだけだった。
「本当に…死ぬ覚悟で…行ってたんだね…。」
それらを見て、悲しくなった。ふと、内ポケットの様な…ファスナーを開けた。
「…えぇっ?」
そこには、それまで飛んだフライトチケットの半券が、詰められていた。
それを1つ1つ…並べて見た。
「笑…明彦ったら、何のつもり? 笑」
その半券の1枚…それは、フィレンツェからヒースローーへフライトした半券。それを裏返してみた。
「…えっ?これって…まさか。」
チケットの半券全てを裏返して見る。
そのどれもに…日記とも取れる記述があった。
その中の1枚…ヒースローでのファーストへの格上げ。
それを読んでいた。
『こんな事があるんだな?麻有実がゲートを通ろうとすると、ファーストクラスになった!!やはり、良い女にはファーストクラスが似合う』
それを見て…涙が溢れて来た。
ニューヨークへ行った半券の裏には
『男のロマンのニューヨークに連れて来てくれた麻有実に感謝だ!!』
パリからの帰りのチケットの半券の裏には
『良い複製画を見つけた。我ながら良い仕事をした。』
それら半券を全て重ねて持って行く事にした。
「明彦…アンタは最高のバイヤーだったんだよ。」と。
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