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大学病院での司法解剖を終えた…明彦の入った棺が、その小さな場所に運ばれてきた。
「大変、遅くなって申し訳有りません。是非、お顔を見てあげて下さい。」
優子が麻有実を見た。
「…私は…後で見るから。」
その言葉に頷き、恐る恐る…明彦の顔を見た優子。
その様子を離れて見ていた麻有実。まだ、怖かった。
「…五十嵐。アンタ、本当に頑張って帰って来たんだね!!」
涙を流し、その顔を見た優子は微笑んでいた。
「…麻有実。五十嵐…本当に眠ってるみたいに綺麗だよ…。」
「…えっ?綺麗?」
「そう!!今にも"よう!東!お疲れ様!"って、言いそうだよ…。」
その言葉に俯いた麻有実。
「麻有実!!見てあげなよ…。この姿なら、見られても平気だよね?五十嵐…。」
「…こ、怖いの。」
「大丈夫だよ!!見てあげてよ…。」
「…わ、私は見なくても平気…だから…。」
そう言った時だった。
「ダメです!!」
明彦を送り届けた…葬儀プロフェッショナルの女性が言った。
「今、最後のお別れを言っておかないと、絶対に後悔しますよ。明彦さん、頑張ってここまで帰って来たんですよ。」
「そうだよ!!私が遺体確認した時よりもっと、綺麗になってる。麻有実!!今、見てあげないと…一生、後悔するよ!!」
いまだ…明彦の死を受け止められていない自分が居た。
「さぁ、明彦さんに…奥様のお顔を見せてあげて下さい。」
女性に促され、おぼつかない足で…明彦の顔まで辿り着いた。瞼は閉じたまま。
優子が麻有実の手を取り、座らせた。
「…見てよ。五十嵐…こんなに綺麗なんだよ…。」
優子の言葉で…瞼をゆっくりと開けた。
「…はぁ!!明彦!!ねぇ!!明彦!!」
本当に、今にも起きてくるぐらい…綺麗で安らかな…眠った様な明彦の顔。
「明彦…ねぇ、明彦!!起きてよ!!起きて私を抱きしめてよ!!」
麻有実は泣き崩れ、明彦の顔を触っていた。
「一緒に行くって…約束したじゃない!!《ダ・ヴィンチ》の空港と駅!!世界一美しい丘に行くって!!言ったよねぇ!!ねぇ、起きてよ!!」
「…良かったね。五十嵐…最後にやっと、会えたね…。」
優子も明彦の顔を触っていた。
「明彦!!起きて!!もう!!ヤダよ!!私を置いて行かないで!!」
泣き叫ぶ麻有実を宥める優子。
「…ほら、綺麗でしょ?五十嵐、ちゃんと帰って来た。」
「…うん。明彦…。おかえりなさい…。」
「…おかえり!五十嵐!」
「おかえり…明彦。」
その言葉を聞いて…葬儀プロフェッショナルの女性も目に涙を浮かばせていた。
「奥様…旦那様は最後は苦痛に満ちた表情では無かったんですよ。その表情でお分かりでしょ?愛されてたんですよ…。」
その葬儀場の小さな場所で…咽び泣く麻有実と優子。
それを見た…葬儀プロフェッショナルの女性は、静かにその場を去った。
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