木蓮の涙《最終章》

29/30
前へ
/262ページ
次へ
それから3ヶ月が経った頃だった。 麻有実は1人で…いや、姿は無いが明彦とのハネムーンに行く事を優子に伝えた。 「真夏になる前に…行った方が良いから。」 そういった麻有実の言葉に快諾し、留守を守る優子。 「やっと…行くんだね?」 優子が嬉しそうに言った。 「うん。やっと行ける様になったから…。」 そう答える麻有実。 「じゃあ…行ってくるね。留守中宜しくね。」 「分かってるって。あ、でも…気をつけて行ってよ。もう、1人じゃ無いんだから。」 「分かってるって。じゃあ、行ってきます。」 「行ってらっしゃい。」 優子は…自分の事の様に嬉しかった。 麻有実はキャリーケースを持ち、羽田空港へと向かった。 その左腕には《ダ・ヴィンチ》が嵌められていた。 「明彦…行くよ。」 そう言って向かう空港。朝9時45分発の飛行機。その航空会社は…麻有実が1番好きだと言う…あの航空会社のファーストクラス。 機内に入って驚いた。ファーストクラスに向かう途中で出会った女性。 白いジャケットを着て、凛として立つその姿。 「ご搭乗ありがとうございます。お久しぶりですね?五十嵐様。」 そう、あの時のチーフパーサーの女性だった。 「あ!!お久しぶりです!!覚えてくれていたんですね?」 「もちろんでございます。さぁ、お席へどうぞ。」 案内されて座った場所は…明彦が座ったであろう場所。機種は同じだが、全く同じとは限らなかった。 そこへ腰掛けると、何も言わずスパークリングワインを少量、麻有実に手渡した。 「これぐらいの量でしたら、差し支えないかと…。」 麻有実への配慮からだった。 「ありがとうございます。」 生前に、明彦が好んでいたスパークリングワイン。 久しぶりに飲んだ。 「うん。美味しい。」 左手の《ダ・ヴィンチ》を外し、窓へ向けていた。 「明彦…飛ぶよ。良い?」 ドアが閉められたアナウンスがされた。ゆっくりと動き出す機体に、明彦の想いも…全ての想いを乗せて。 轟音と共にゆっくり、加速を始めた。 「久しぶりだから、ちょっと緊張する。」 そう呟いた。 みるみる加速して、外の景色が遠く小さくなっていく。 「明彦…久しぶりだね?どう?」《ダ・ヴィンチ》にそう言った。 そこからしばらくフライトをして、向かうのは…イギリスのヒースロー空港。明彦が初めてファーストクラスに乗ったあの空港だった。 思い出達が甦ってきた。3時間半のトランスファーの時間があり、ヒースロー空港から…明彦の待ち焦がれていたであろう…『レオナルド・ダ・ヴィンチ・フィウミチーノ空港へ到達した時には、午後11時になっていた。 久しぶりのフライトもあってか、すっかり疲れ切っていた。 「久しぶりだから、疲れて寝るけど…良いよね?」 そう言って眠りについた。
/262ページ

最初のコメントを投稿しよう!

164人が本棚に入れています
本棚に追加