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放課後、バスケット部の男子部員達が楽しげにボールを回している中、練習を続ける事が、中学三年生の千青にとって、耐え難い苦痛になっていた。
体育館での練習は、いつものグラウンド練習と違って、他の部活の生徒達との距離が近い。おまけに隣にいるのはいつも練習を見られている野球部ではないし、バスケット部は派手な人が多いし、三年生は全員引退しているから、この場所に千青と同じ学年の生徒は誰もいない事になる。
時々上がる笑い声が聞こえる度に、どうしてもそれが自分に向けられたものに思ってしまい、体が熱くなってしまう。
親友の未空が部活を辞めて以来、元より練習に身が入らなくなっていたが、彼らの視線がある事を思うと、一挙手一投足、彼らの興味を引いてしまうのではないかと気になってしまう。まるで裸をさらけ出しているかのように、視線を向けられる事が恐ろしい。
今、この時だけでも透明になれたらという千青の願いも虚しく、笛の音が鳴り、前に列を作って後輩達が、一人、また一人と梯子状に結ばれたロープへと駆け出していく。
バタバタと小刻みに足を動かすラダートレーニングは、なんだかマヌケで、特に恥ずかしい練習の一つだった。
目の前にあった後輩の背中が遠ざかって行き、無情にも次の笛が鳴る。
爽来は駆け出した。
その瞬間「川崎!スタート遅い!」と、顧問の先生から激が飛ぶ。
未空の体がビクリと跳ねる。
歯を食い縛ってトレーニングラダーを渡り切ったところへ「どうした川崎!全然集中できてないぞ!」と更なる追い討ち。
千青は顔を伏せたまま、トボトボと列の最後尾へと戻っていく。
なんでこんな思いをしなければいけないのだろう。
鼻の奥にムズムズと熱が込み上げ、目から溢れそうになるものを必死に堪えた。
彼女の心を表したかのような、連日振り続けている忌々しい雨の音が、体育館の中にまで聞こえてきている。
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