1 アンタの歌には価値がある

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1 アンタの歌には価値がある

 顔を上げろ、と言われてからどれくらいの時間が経っただろう。  おそらく十秒にも満たないその瞬間を、セレーネは切り取られた永遠の時間のように感じていた。  険しい顔で射貫くような鋭い眼光をセレーネに向けているのは、見上げるほどに大きい体躯の男性だ。  身長だけではない。がっしりした肩幅も厚い胸板も丸太のような四肢も……何もかも彼はすべてが大きく、セレーネを圧倒している。  猛々(たけだけ)しい、という表現がまさにピッタリくるような男であった。  その立派な体格も、(ほむら)を宿した赤銅色の短い髪も、こめかみに薄く残る大きな傷跡も、匂い立つような獰猛さと血の匂いを振り撒いている。  それは、話でしか聞いたことのない戦をセレーネに思い起こさせるものであった。  背中に汗が流れるのを感じる。ヘビに睨まれたカエルのようにセレーネはじっと身を固くして、その剣呑(けんのん)な視線を受け止め続ける。  気がつけば、息をすることすら忘れていた。  ――永遠にも感じる長い対面を経て。 「アンタが《歌の聖女》か」  ぶっきらぼうで獣の唸り声のように低い声が、男の口から発せられた。  萎縮しながらもセレーネはそれに腰を折って答える。 「はい。ガイウス騎士団長様。セレーネ・ステラトスと申します。貴方のもとに輿入れに参りました。このたびは急な話ですが……」 「歓迎する」 「え??」  セレーネの言葉を遮るように短く告げられたひと言に、反射的に間抜けな声が出た。  そんな礼を失した彼女に気を悪くする様子もなく、ガイウスはもう一度ゆっくりと述べる。 「アンタを歓迎する、と言った」
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