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ギンっと虚空を睨み、ガイウスは唸る。
「不本意な婚約だとは、わかっている。だからせめて、彼女が快適に過ごせるように配慮してやらねば」
「顔を合わせないようにすることが配慮とは……」
「俺のような野蛮な男が居たら、気も休まらないだろう。彼女に会うのは歌の奇跡をいただくときだけ……それで、十分だ。さっきは不用意に彼女に触れてしまって、申し訳ないことをした」
淡々と述べてから、ガイウスは苦しそうに顔をゆがめた。
「辛そうな表情につい身体が動いてしまったが、迂闊なことをした。悲鳴を上げられなかったのが不思議なくらいだ」
「旦那さまの慰めに心打たれているように見えましたが……」
「馬鹿なことを言うな」
ジルの言葉を一蹴して、ガイウスはとん、と机を指で叩く。
「とにかく、使用人には彼女をできるだけ甘やかしてやるように伝えておけ。遠くから彼女の笑顔を見られれば、俺はそれで良いから」
「そのセリフはちょっと気持ち悪いですよ、旦那さま。そう思うのであれば、旦那さま自らが動くべきです」
「同じ話を何度もさせるな。それだと彼女が可哀想だと言ったはずだ」
冗談交じりのツッコミに真剣に答える主人に、ジルは内心で肩を竦めた。
子供の頃から周囲に敬遠され、怖がられてきたガイウスの固定観念をひっくり返すことは難しい。
どんな言葉を重ねようと、その方針をすぐに変えさせることはできないと悟ったのだ。
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