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そこまで思ってから、心がちくりと痛むのを感じた。
できることなら、今度こそ婚約者と心を通わせたいと思っていたのだ。
それなのに、結局彼女は同じ失敗を繰り返している。
かつての婚約者のことを思い出す。
あの人に比べれば、セレーネの歌を真剣に聞いてくれるガイウスの態度は誠実で優しいものだ。
拙い彼女の歌を聞き流すことも酷評することもなく、ガイウスはじっと目を閉じて気持ち良さそうに彼女の歌に耳を傾けてくれる。
――その穏やかな時間が、セレーネは好きだった。
そして好きだからこそ、ガイウスに拒まれている現状が悲しくて仕方なかった。
あの人相手には、そんな気持ちを覚えることなんてなかったのに。最初から諦めていたし、これは自分の務めなのだと割り切ることができていたのに。
ガイウスの中途半端な優しさは、セレーネを却って責め立ててしまう。
(でも、せめて歌は……歌だけは彼に喜ばれ続けたい……)
彼女の溜め息に呼応したかのように、花瓶のバラが一片の花びらを落とした。
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