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「……ああ。本当に、綺麗ですね」
「だろう? 今まで花に興味を持ったことはなかったが、花開くまで毎日成長を見ていたために感動もひとしおだ」
「ふふ、そうですね。それを、ガイウス様と一緒に見られるなんて嬉しいです」
しっかりと目を見て、セレーネは飾らない心からの喜びを伝える。
その笑顔に一瞬だけ釘づけになって、慌ててガイウスは頭を振った。その反応に、セレーネが悲しげな表情を作る。
「……ご迷惑ですか」
「いや、違う! アンタはよくやってくれている。屋敷は明るくなったし、使用人の信頼も篤い。歌のおかげで、俺の傷も痛みとは無縁になった」
そう言いながらも、ガイウスの顔には苦いものが走る。
「だが、アンタは頑張りすぎだ。アンタに求めてるのは、歌だけだ。もっと自分のために時間を使ってくれ」
「セレーネです」
「?」
「私の名前、セレーネです。アンタではなく、名前を呼んでください」
セレーネの言葉に、ガイウスは戸惑ったように目を瞬かせた。
しばらく迷うように視線を彷徨わせてから、彼は恐る恐る唇を開く。
「セレーネ……嬢」
「セレーネで」
にっこりと笑うセレーネの佇まいには有無を言わせぬ圧があった。名前を呼ぶまでは逃さないと、無言のうちに強いメッセージが伝わってくる。
諦めたように大きく息をついて、ガイウスはもう一度その名前を唇でなぞった。
「セレーネ」
ただ名前を呼んだだけだというのに、ガイウスの心が跳ねる。カチリ、と感情の留め金が開く音が耳の奥で聞こえた。
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