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「セレーネさまは旦那様に歩み寄ろうと、はたから見ても健気な努力をなさっています。それなのに、旦那さまときたら! 会話はあっという間に切り上げてしまうし、笑いかけられれば不自然なくらい慌てて目を逸らすし、いまだにセレーネさまの好きなものひとつ訊くことのできない体たらく……ひとまず食事は共にするようになりましたが、その程度の関係でセレーネさまを気遣うとは、片腹痛い」
まだまだ言いたいことはあるが、ひとまずそこで息をつく。
ガイウスは気圧されたように硬直して、彼の苦言を受け止めていた。
「……仕方ない。彼女は可愛すぎる!」
しばらく項垂れてからガイウスが吐き出したのは、開き直りの言葉であった。
「俺の手の中に転がり込んできた、幸運の天使。迂闊に近づいたら、発作的に彼女を抱き締めてしまいそうだ。もっと彼女の存在に慣れてからでなければ……」
「旦那さまが慣れる前に愛想尽かされる方が早そうですが」
勢いづいて言い訳を重ねようとするガイウスに、ジルはちくりと一言差し込む。その指摘に、ガイウスはぎくりと身体を強張らせた。
「やはり、マズイ……か?」
「ええ。このままでは確実に」
しばらく苦しそうに黙り込んでから、ガイウスはゆっくりと顔を上げた。
覚悟を決め、自身の中の弱さを排除した研ぎ澄まされた表情があらわになっていく。そこにあるのは、彼が戦を生き抜いてきた時と同じ不屈の闘志だ。
戦場の鬼神と言わしめた、周囲を震え上がらせるほどの闘気。
それは、これまでも彼の道のりを切り開く原動力となってきたものであった。
「……ああ、そうだな。向き合わなければ、進展はない」
己に言い聞かせる落ち着いた声は、静かな決意に満ちていた――。
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