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5 歌うのは、嫌いか
そんな会話が交わされていたとはつゆ知らず、セレーネはその日の夜もガイウスに歌を捧げていた。
既に彼女の乏しいレパートリーは尽きている。今日の歌は、もう何度か彼の前で歌ったことのある童謡だ。
相変わらず難しい顔をして、ガイウスは微動だにせず彼女の歌に耳を傾ける。
その生真面目な鑑賞姿勢に、セレーネは喜びと同時に居た堪れない申し訳なさを抱えていた。
「歌うのは、嫌いか」
歌い終わったセレーネに、ぼそりとガイウスが尋ねた。
その思いがけない質問に、セレーネの身体がびくりと跳ねる。もしかして、気づかぬうちに彼の気分を損ねてしまったのだろうか。
「す、すみません……! 私の歌い方が不快でしたか……?」
かつて前の婚約者に「辛気臭い」となじられた記憶が蘇る。
それからは歌う時は笑顔を心がけていたが、どうしたって歌う人間は同じなのだから自信は持てなかった。
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