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6 ウソでしょ、本気で言ってるの?
それから、ガイウスの動きは早かった。
「昨日言った歌の指導の話だが、今日の夜に会いに行こう」
「今日の夜、ですか……?」
その話をしたのは昨晩だというのに、もう話がついたのだろうか。
しかも夜とは。街の歌劇を見にいくにしても、不思議な時間だが……。
「どんな格好でお待ちしていれば良いですか」
「普段の服で構わない。華美な装いは避けてくれ」
ガイウスの返答に、セレーネはますます首を傾げる。
しかし自信満々の彼の様子に押し切られ、彼女はひとまず頷いたのだった――。
「居酒屋……ですか?」
――その日の夜。
そうしてガイウスに連れられ店に着いたセレーネは、さらに首を傾げることになった。
案内されたのは、どちらかというと大衆向けの猥雑とした居酒屋だ。
厨房前には大きな一枚板のカウンターが備えられ、それ以外のスペースにはところ狭しとばかりに様々な大きさの机が並べられている。
その隙間を縫うように重そうなジョッキや料理を手にした給仕の女性たちが飛び回り、そんな彼女たちに注文を頼む声が頭上を飛び交う。
あちらこちらから聞こえるのは、楽しげな喧騒と乾杯の声。
肉の焼ける香ばしい匂いが、セレーネの食欲を刺激する。
「これは一体……」
「ひとまずは腹ごしらえだ。ここの料理は美味い」
あっさりとそう言って、ガイウスは慣れた足取りで店の片隅にあるテーブルについた。
店員たちに話は行っているようで、それほど待つこともなく大皿料理が次々とテーブルの上に並べられていく。
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