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「その、驚きはしましたが……」
恐る恐るセレーネは口を挟む。
「私、ティナさんの歌に本当に感動したんです。もしご迷惑でなければ、ご指導いただけると嬉しいです」
「アンタは色んな歌を知ってるし、適任だと思う」
すかさずガイウスが言葉を添える。
しばらく「あ〜」と呆れた声を洩らしてから、ティナはガシガシと後頭部をかく。
「別にセレーネちゃんがそれで良いってなら、私は構わないけどね。でも、私が指導したところでそのサイッテーな男をギャフンと言わせることはできないわよ? そんな男が弱いのは、権威とか金とかそういうわかりやすいヤツだから」
「別に、あの人を見返したいとかではないんです」
セレーネはキッパリと首を振る。
「私はただ、自分の歌を好きになりたい。そして、ガイウス様のために胸を張って歌いたい――そのために、ティナさんのお力をお借りできませんか」
「ふぅーん……」
ニヤリと笑ってから、ティナは勢いよくガイウスの背中を叩いた。バシーンッ、とセレーネが思わず息を呑むほどの大きな音が鳴り響く。
「良かったねぇ、団長さん! デートの場所に居酒屋を選ぶセンスのない男のところに、こんな良い子が来てくれるなんて。二度とない幸運だよ?」
「ったく、アンタは相変わらず気が強い……」
遠慮のない二人のやり取りを微笑ましく眺めていたセレーネは、しかし、心が何故かチクリと痛むのを感じた。
この幸福な時間に水を差すような、小さな痛み。その正体がわからないままに、セレーネは何気なく口を開く。
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