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場所が変わろうと、相手が変わろうと、なすべきことはいつも同じだ。
慣れた旋律をなぞりながら、セレーネは心を込めて歌いはじめる。
この声が、歌が、少しでも彼の痛みを癒すことを祈りながら。
母との思い出が詰まった、優しい子守唄。
勇壮な、男らしいガイウスには合わないかもしれないと思いつつも、セレーネの知る歌のレパートリーは少ない。
喜ばれなくても、あの人のように聞き流してくれれば効果はあるのだ。遮られることだけを恐れて、セレーネは歌い続ける。
――やがて、邪魔をされることもなく歌の終わりまで来て。
セレーネは、そっと口を閉じた。
沈黙が、頭上に重くのしかかる。
顔を上げて相手の反応を確かめるのが、怖い。
「お聞き苦しいものを失礼しました。その、お耳障りでも聞き流していただければ効果は出ると思いますので……」
顔を伏せたまま言い訳を口にする。
言葉を重ねれば重ねるほど惨めな気持ちは増していって、声はどんどん早口になっていった。死刑宣告を待つかのように、気持ちはひたすらに追い詰められていく。
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