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その時の彼女の顔は今でもガイウスの脳裏に焼き付いている。
清廉で美しく、まっすぐな愛情にあふれた彼女の視線。それは、ガイウスの心臓を愛おしいという感情で苦しいほどに締め付けた。
それなのに「……そうか」と不愛想に一言しか口に出せなかった自分の、なんと情けなかったことか。己の不甲斐なさが、本当に口惜しい。
「彼女の選択を尊重したい。この奇跡のことは、今後も周囲には伏せておけ」
「承知しました」
ガイウスの指示を重く受け止めてから、ジルは思い出したようにふと言う。
「奇跡といえば……セレーネさまの歌を漏れ聞いているだけの私でも、最近は体調がどんどん良くなっているように思います。旦那さまほどではなくても、私も奇跡の恩恵を受けているのかもしれません」
「ありうることだ。本来、彼女の歌はその音色で身体の底からエネルギーを引き出すようなものなのだと思う。……その音楽から耳を塞いでいたヤツには、一生気づけないだろうがな」
そう言って、ガイウスは意地悪くニヤリと唇を吊り上げた。
「まぁ前の婚約者は、本当に馬鹿なことをしたってわけだ」
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