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「くそっ……くそくそくそっ……!」
――ちょうどその頃。
とある居酒屋で酒を浴びるように飲みながら悪態をついている男がいた。
撫でつけられていたはずの頭髪は乱れ、顎には無精髭が目立つ。
かつては伊達男ともてはやされていた面影はすでになく、漂うのは退廃した敗北者の哀愁だ。
「こんなはずじゃ……どうしてこんなことに……」
――それは、かつてセレーネの婚約相手であった……そして最若手での司令官就任目前と噂されていたはずのマシュー、その人であった。
「僕の人生、ケガを除けばほぼ完璧だったはずだ……冴えわたる頭脳、ケガを抱えながらも最低限の修練で上達する武芸の腕前、誰もが見とれる顔面と文句のつけようのない血筋! 懸案だったケガを完治させて、お荷物だった冴えない婚約者を乗り換えて……いよいよこれからだってのに……」
それなのに、何故だろう。
昔は一目見ただけで理解できた書類はいくら読んでもなんの理解も捗らず、実戦の討伐任務は失敗が重なっていく。新しく得たはずの美しい婚約者も、最近では顔を見せることすらなくなってきていた。
以前は可愛がってくれていた叔父のグルディアの目も徐々に厳しくなってきているのをひしひしと感じている。彼のコネが使えなくなったら、果たして今の地位にどれだけしがみついていられることか。
「何故だ、どうしてこんなに何もかも上手くいかなくなってしまったんだ!?」
いらだちのあまり、手にしたジョッキを机に叩きつける。
給仕の女性が冷たい目でこちらを見ているのには気づいていたが、彼に自分を止めるだけの理性は残っていなかった。
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