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「お嬢様、おみあしを……」  その日も絶賛、執事ムーヴをかまされながら身支度を済ませ、私とヴィロルフは転移魔法で歌劇場にとんだ。  公演最終日の次の晩。  歌劇場では、公演の成功を祝う夜会が開かれる。2ヵ月続いた公演も、これにて終幕 ―― 夜会はいわば、関係者やパトロンを集めての 『お疲れさま会』 だ。  この夜会で、私とヴィロルフの結婚が正式に発表される予定 ――  もちろん、契約であることは秘密。  それに、まだヴィロルフには言えてないけど、本当の結婚でもかまわないと、私は最近思っている…… ヴィロルフは、どう、思ってくれてるんだろう?  結婚よりもまだ、執事がしたいんだろうか?  私は、こうして彼にエスコートしてもらうだけで嬉しいのに…… 「ノーラ! あなたの 『死霊の女王(ウィリスクィーン)』 、本当に素晴らしかったわ!」 「ありがとう! あなたのダンス・ソロもとっても素敵だったわよ、ミア」  会場へ向かう長い廊下を歩くあいだも、いろいろな人が私に挨拶してくれた。 「ノーラ・ユィン嬢! わたしも、花束を贈らせていただきましたよ! 薔薇はありきたりなので、ピンクのチューリップを!」 「まあ、では、あの可愛い花束は……」 「そうです! あの、わたし、ドナウアーといいまして、一応、代々続く子爵家でして…… その、いちど、お食事でも…… …… あれ? いま、誰かと話していた気がしたんだが……?」  私を引っ張るようにして早足でドナウアー子爵から離れるヴィロルフに、私はそっときいてみる。 「記憶を消すなんて、やりすぎじゃない?」 「存在自体を抹消しなかっただけ温情ですが、なにか?」  …… もしかしなくても、嫉妬されてる? 「ファンになってくれた人の記憶をみんな消しちゃったら、歌を聞いてくれる人がいなくなっちゃうでしょ」 「ノーラの歌を聞くのは俺ひとりでじゅうぶんだし、ノーラの歌なら消しても消してもファンは()いて出るから心配ない」  こんなことを言われて幸せと思っちゃうなんて…… 私も、どうかしてるな。  だけど幸せは、そんなに長く続かなかった。  夜会のホールに現れた私とヴィロルフを出迎えたのは、満場の拍手…… ではなかった。  怯えて隅のほうに固まる人々と、ここにいるはずのない、軍の魔術師たちと神官たち ―― 「ノーラ・ユィン嬢! あなたは、特殊魔力を隠し持っているな! すぐに出頭し、その魔力を国のために捧げるのだ! それが、あなたの責務である……!」  ヴィロルフの行動は、早かった。  無言で私を横抱きにし、転移魔法を使う。  一瞬後には、城に戻っていた。きっと会場の人たちからは、私とヴィロルフの姿があっというまに消えてしまったように、見えただろう。 「…… 着替えようか」  ヴィロルフは言葉少なく、私のドレスを脱がし、魔法で身体を清めて肌触りのいい夜着を着せてくれる。  『死霊の女王(ウィリスクィーン)』 にふさわしいようにと、ヴィロルフが私のために選んでくれた白銀のドレスが、するすると衣裳部屋に消えていく。  ベッドに腰をかけた私にシナモンとはちみつ入りのホットミルクを渡すと、ヴィロルフは隣に腰をおろし、私の肩を抱き寄せた。 「私の魔力…… 封印してくれたんじゃ、なかったの?」 「封印しなくても、俺がそばに居れば大丈夫だと…… 俺の魔力だと誤魔化せる、と思った。実際、そのはずだった…… あれから、意識的に魔力を使ったことは、ないだろう?」 「ええ。だって、こわいもの」 「意識的に使わない限り、魔力はそこまで強くならない。実際に気づいたのは、俺と、魔力探知の能力を持つ友人だけで……」  急にヴィロルフは、鋭く舌打ちした。 「あいつか……!」 「…… 誰?」 「いや、いい…… この件は、こっちで片付けるから…… 心配せずに、眠れ」 「無理。私はどうなるの? もう歌えなくなるの?」 「そんなことには、絶対にさせないから、心配するな。とりあえず、あの会場にいた者たちの記憶は消したし」 「無理無理無理無理無理。心配すぎて、眠れない」 「どうぞお休みくださいませ、お嬢様」 「だったら、ロルフ。あなたが、一緒に寝てちょうだい」  ヴィロルフの狼見たいな灰色の目が、丸くなって凍りついた。 「…… 契約結婚ですよ、お嬢様」  「私のことは、嫌い? 一緒に寝るのは、いや? 寝相は悪いかもしれないけど、いびきはかかないわよ?」 「…… 誤解なきよう、お嬢様。嫌いなわけないし、一緒に寝るどころかむしろ装飾品に変身していつも貼りついていたいレベルだし、ノーラになら蹴られるのも枕がわりにされるのもかまいませんが」 「じゃあ、いいでしょ?」 「お断りします。俺の歯止めが効かなくなるので」  こんなときなのに、私は笑ってしまった。  『最凶魔法使い』 がこんなに可愛いひとだって、知ってるのはたぶん、私だけだ。 「そうね…… ほんとうは、どこにいて何をしていたとしても、歌えるのよね…… 忘れていたわ」 「急に、なんの話ですか」  私はホットミルクを飲み干してナイトテーブルにカップを置き、ヴィロルフの顔を両手で挟んだ。(ひたい)に、まぶたに、両のほおに。そっと、唇を置いていく。  (ひたい)にコツンと(ひたい)をあてる。 「私だって、ロルフになら、何をされても嬉しいと、思ってるんですよ?」  ヴィロルフの大きな手が、私の頭を引き寄せた。もう、何度も交わしたことのあるキス…… でも、今日がいちばん、甘くて、熱い。その熱に心臓が絡めとられて、とばされる。ここではない、どこかに。そこはたぶん、宇宙のはてとか、深い海の底とか、そんなところに近い場所だ ――  私たちはその夜、際限なくお互いを求めあった。
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