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「お嬢様、お髪は編み込みでまとめて、よろしいでしょうか。 『死霊の女王』 のウィッグと冠をつけやすい形で」
「えーと…… ありがとう、なんですけど、自分でできるので……」
「いえ、ぜひ俺に、させてください」
「そう…… じゃ、お願いします、ロルフ」
「かしこまりました、お嬢様」
なんでだか、ヴィロルフの執事ムーヴが止まらない。
まるで極上の、繊細な絹糸を扱うように大切に私の髪を梳き、丁寧に編み上げていってくれる…… その手はとっても心地よいんだけど。
同時に、ものすごくいたたまれない……
なに? なんでこんなことやってるんですか、このひと? 史上最強の魔法使い様って、冗談だったんでしょうか?
「お嬢様、本日のお召し物ですが」
目の前に、ぱっとデイドレスのカタログが現れた。
「こちらから、お好きなものをお選びください」
「えと…… じゃあ、これ……?」
わけがわからないままに、モスグリーンのワンピースを指す。大人びて品の良いデザインだけど、ボレロがセットになっているおかげで老け感はまったくなく、ちょっとかわいい……
と、いつのまにか、鏡のなかの私が、いま選んだばかりの服を着ていた。
「!?!?!?」
「さすがに、お脱がせしてお着替えをしてさしあげるのは、まだ少し早いかと思いまして…… 物質の再構成魔法を用いてみたのですが、着心地などはいかがでしょうか」
「えと、ぴったりで、とてもいいと思います…… けど……」
「けど?」
「なんだって、こんなしょーもないところで、実は凄そうな魔法をバカスカ使ってらっしゃるんでしょうか……」
「だって俺、最強の大魔法使いですから」
…… ですよね。
このあと。
靴下を選び、靴を選び、バッグを選び、帽子を選び、身支度を完璧に済ませても…… ヴィロルフはまだ、私に向かってうやうやしく 「お嬢様」 と呼びかけてきていた。
「お嬢様。では、お出かけいたしましょうか。転移魔法で、一瞬で歌劇場に到着いたしますので」
「あの、ロルフ?」
「なんでしょうか、お嬢様」
「お嬢様ごっこは、懐かしいですけど、もういいかな…… 私たちも、もう、大人ですし」
「それは、できかねます、お嬢様」
「どうして?」
「契約違反になってしまいますので……」
セリフに呼応して、輝くルーン文字の螺旋が浮かびあがった。私とヴィロルフのからだにまといつき、ふたりをつなぐかのように……
ルーン文字の螺旋は、契約の成立にともない、書類の内容が神聖化されて、契約者を縛る不可視の鎖となったもの。契約を破ると、あらかじめ決められたペナルティーを課す役割もある。
その一部を、ヴィロルフは堂々と読み上げた。
「追記…… なお、契約中、ヴィロルフ・ニーマンはノーラ・ユィンにかしずき、最上の敬意をもって大切に守るものとする。破った場合は寿命1千年」
「それって、即死するのでは?」
「うん」
う ん 、 じ ゃ な い で し ょ !
「そもそも、そんな追記、ありましたっけ?」
「ここに」
ぺらりと再び目の前に、契約書類が置かれる。契約者名の欄にあるのは、間違いなく、私とヴィロルフのサイン…… そして、その枠外右下に。
たしかに、書いてあった。
めっちゃ、ちいさく。
「なんなんですか。この、詐欺みたいな手法は」
「お嬢様の性格が俺の記憶のままならば、もし気付かれたら、必ずや反対されるだろうと存じましたので……」
「いや、つまり詐欺やん」
「申し訳ございません、お嬢様。ですが」
「ですが?」
「俺はいま、非常に満ちたりております……」
胸に手をあててカーテシーをとられても…… え? これって 『本人がいいなら、いっか☆』 で済まさなきゃな案件?
それって、人としてどうなの?
だれかおしえて。
―― で、どうしてヴィロルフがここまでしてしまったかというと。
ヴィロルフは実は、奉仕精神の塊であるそうだ。本来、仕えられるより仕えるほうが好き。
だが最強の魔法使いであるゆえ、利用してやろうとナメてかかる連中が現れないように、常に傍若無人かつ傲岸不遜かつ唯我独尊な態度をとっていないといけない。
そんな毎日でストレスがたまって、しかたがないのだという。
「えーと…… たしか、宮仕えしたくないから、無理やりフリーになったんじゃ、なかったでしたっけ?」
歌劇 『大魔法使いヴィロルフ・ニーマンの遍歴』 に、そんなシーンがあったはず。
「俺は、俺が仕える価値があるかたに、お仕えしたいんです。誰でもいいわけではない」
「王族とかなら、全然いいのでは?」
「俺が仕える価値があるかどうかは、俺が決めるので。それ以外の指示など、クソでしかないですね」
うん、決まったね。
傍若無人、傲岸不遜、唯我独尊。
いやでも、なんで私。
「あの…… 失礼ですけど、私の精神支配の魔力とかいうので、洗脳されちゃってたりとかは?」
「まさか。この俺が?」
「あー。ですよね……」
いったいどうすればいいんだろう、このひと。
悩んでいると、ふいに、あたたかいものが前髪にふれた。
ヴィロルフが大きな手をそっと、私の頭に置いて、よしよししてくれてる……
ちょっと恥ずかしい。でも、さっきまで感じてた不安が、すうっととけて消えていく。
「それに、もし洗脳だとしても、あなたから施されたんだったら、俺はちっとも、かまわないんですよ、ノーラ」
「…… つまりは、ロルフがこうするのは、もう決定事項だから、これ以上言っても無駄だと」
ヴィロルフは直接こたえず、私を横抱きにした。
「さあ、歌劇場へ行きましょう。転移魔法で一気に翔びますから、しっかりつかまっていてください」
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