28人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ
幕間
「どうだい、ヴィロルフ。自分が主人公の劇を観た感想は?」
「…………くだらないな」
幕間。
客席は、『死霊の女王』 の独唱の余韻を残すように、ゆっくりと明るくなっていく。
揃いの薄い衣裳をまとった少女たちによる群舞に、興味なさげに目を向けながら聞いてきた友人に、ヴィロルフは吐き捨てた。
「俺は、勝手にしろと言ったはずなのに。そう言われて、劇にするか、普通?」
「うん、するね」
「しかもドヤ顔さげて 『いまや大人気ですよ! ぜひ観にいらしてください。あなた様なら、いつでも無料ですから!』 だと。俺は高価いぞ、と言ったのが聞こえなかったらしい」
「だからほら、衣裳も舞台セットも豪華だし。あんだけ多種多様の光とか炎とか出してるってことは、幻術使い3人は雇ってるし。チケット代も、過去最高だし。ものすごくお高価く作ってもらっていると思うよ?」
「クソ迷惑だ」
「だったら 『勝手にしろ』 じゃないでしょ。 『勝手にしたら、おまえら全員、即滅ぼすぞ』 って言わなきゃ」
「だめだ。本気にされて夜逃げでもされたら、街から文化がひとつ消える。文化は、大切にせねばならん」
「…………」
ヴィロルフのことばに、友人 ―― アレクシスは、ふっと笑った。
かつて、敵対する魔王軍の砦に単身乗り込んで、人質となっていた末の王女を救い、ついでに砦を壊滅させて一躍有名になった、大魔法使い。
ヴィロルフ・ニーマンの素顔は、案外、優しく真面目なのだが、それを知っている人は、ほとんどいない。
普段の壊滅的なまでの人当たりの悪さと、敵への容赦のなさでもって 『さいきょう魔法使い』 とまで呼ばれてしまっているのだ。
さいきょう…… すなわち、最強・最恐・最凶である。
本人が群れるのを嫌う性格なせいもあり、友人はアレクシスしかいない。
ちなみにギルドにも国軍にも魔術研究塔にも所属しない一匹狼でもあるため、国はヴィロルフの確保に躍起になっている。
ヴィロルフに救われた末の王女が彼に恋しているのを良いことに、なんとか婚約に進めようと必死なのだ。
今日の観劇もそのためで、本来はヴィロルフと末の王女のデートとして仕組まれたもの…… その相手がアレクシスになったのは、王女が大量の課題をサボっていたことが突如としてバレたためである。暴露したのはアレクシスだ。
アレクシスはこの国の第三王子であり、末の王女のすぐ上の兄。
当然、末の王女からはとんでもなく恨まれる案件であるが…… アレクシスは友情をとった。
ヴィロルフは、末の王女に恋愛感情は一切ないのである。ついでにいえば、結婚願望もない。
ほぼコミュ障に近い性格のためだ。
いくら末妹がかわいくても、アレクシスとしては、結婚などさせたら友人も妹も可哀想だ、としか思えない。
さて、ともかくもこうして、ヴィロルフは……
観たいと思ったことなど一切ない自分主人公の歌劇を友人と一緒に鑑賞する、という、ちょっとした苦行を体験することになったのだった。
―― 別にすっぽかしても良かったが、この友人はヴィロルフに、こう耳打ちしたのだ。
「じつは、歌劇場でときどき、未熟な魔力の気配を感じる ―― 公演中もだが、夜中の、貴族なんてとっくに帰ってるような時間帯もだ。もしかしたら、魔王軍に関係する者が、潜り込んでいるかもしれない」
調査のための協力要請だ、と言われれば、行かざるを得ない。
そして、そうした観点からこの歌劇を見るならば…… 収穫はたしかに、あった。
「あの、死霊の女王……」
「彼女だね、明らかに」
ヴィロルフとアレクシスがうなずきあったとき。
客席の灯が1つ、ふっと消えた。1つ、2つ…… 後部から順に灯は次々と消えていき、それにあわせるように群舞の少女たちも、1人、2人と去っていく。最後の踊り子がカーテシーをとって袖にさがったあと。
すっかり暗くなった舞台では、夢のように最後の幕が上がろうとしていた。
最初のコメントを投稿しよう!