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1 いつものお見合い
「そこまでッ! 勝者、グリシェ・フロンティアーレ!」
立会人の鋭い声が響く。その声を聞いて、グリシェは相手の喉元に突きつけていた片手剣の切っ先を静かに降ろした。
「ヒッ、ヒィ……!」
操り人形の糸が切れたように、目の前の男は無様に地面へ崩れ落ちていく。
それを冷たい目で見下ろしながら、グリシェは流麗な仕草で剣を鞘に収めた。
「では、私の勝ちということで。今回のお見合いは、お断りさせていただこう」
女性にしては低めの、落ち着いた声が男に告げる。
「くっ……」
目に見える刃物が消えただけで、男の目に敵意と侮蔑の光が舞い戻った。
彼女から距離をとりつつ立ち上がりながら、彼は目の前の生意気な女に少しでもダメージを与えてやろうと口を開く。
「調子に乗りやがって……! アンタに求婚する奴の目当ては、婿入りの地位だけだ。伯爵家の地位に入れるって話だから我慢して求婚してやったってのに、勘違いするなよ!」
「当然だろう」
透き通った湖面のような水色の瞳は、男の嘲笑を聞いても少しも揺るがない。
「私もまた、国境の秩序を守るフロンティアーレ家の婿に来る者には、国境伯としての適性しか求めていない。お互い様というやつだ」
形の良い唇から紡ぎ出されるのは、男性のような堂々とした言葉遣い。それがまた、男性の神経を逆撫でする。
「ふん、鉄の女が! アンタみたいな可愛げのない男、誰が好きになるものか!」
そう言い捨ててその場を後にする男を、グリシェは肩を竦めて見送った。
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