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――そうして。約束の時間にやって来たのは、予想外の人物であった。
「トゥーヤ!? 今日は休暇じゃなかったのか?」
目の前の彼に反射的に声を掛けてから、その様子がいつもと違うことに気がつく。
何かの覚悟を決めたようなその表情はいつもの穏やかな笑みとはかけ離れていて、峻烈な冬の山のような厳しさを見せている。
服装も普段の一部の隙も無い執事服とは違う動きやすさを重視したもので、その姿はまるで傭兵のよう。
そして背中からゆっくりと下ろされた荷物を見て、グリシェの顔はさらに驚愕に歪んだ。
「まさか、それは……もしかして……」
呻くグリシェの目の前でゆっくりと布がほどかれていき、包まれていた中身が露わになっていく。
ぎらりと光を反射して周囲の景色を映し出す、巨大な刀身。
グリシェの肩ほどまで聳える刃の根元には、飾り気のない武骨な柄がにゅっと伸びている。
巻きつけられた布は、滑り止めのためだろうか。だが、持ち手があったところでこの巨大な鉄の塊を、果たして何人が振り回すことができるだろう?
かつての記憶そのままの武器を前にして、グリシェは言葉を失って立ち尽くした。あの日初恋の話をしてから、何度も瞼の裏でなぞって来た輪郭――間違いない、あの時の大剣だ。
「トゥーヤ、君は……」
言いかけたところで、「シィーッ」と人差し指を唇に当てトゥーヤは右目を瞑ってみせる。
初めて見せるその気障な仕草は、しかしながら何故か彼に妙に似合っていた。
「聞きたいことがあるのでしたら、この戦いの後でお話ししましょう」
「……ああ、承知した」
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