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(中途半端な距離ではダメだ……! 却って相手の射程に入ってしまう……!)
背中に冷たい汗を感じる。
彼の射程に入らないように気をつけつつ、グリシェはゆっくりと息をととのえた。
一歩間違えれば、命を刈り取られかねない決死の勝負。
しかしそれは、緊張と同時に奇妙な高揚感をグリシェにもたらす。
(そういえば、彼のケガはどうなっているのだろう……?)
ふと湧いた疑問を胸に目を走らせれば、彼の剣の握りが通常と逆になっていることに気がついた。
本来であれば刃に近いのは右手となるはずが、左手が上になっている。
――まさか、ケガを契機に利き手を変えたのだろうか。
ありえない、と脳内で打ち消すも、ありえないことではないかもしれない、と彼女の思考は真っ当な意見に反論した。
かつて彼女が見た少年は、まさに戦神に選ばれた天才であった。彼こそがトゥーヤであるならば、利き腕を失ったところで諦めるようなことはしないであろう。
――だが、利き腕が左だと気がつけたのは大きい。
再びトゥーヤへと打ちかかりながら、グリシェはこっそりと頷く。そして何合か剣を交えたところで、再び彼から距離をとった。
(……来いっ!)
グリシェの内心の叫びが聞こえたように、トゥーヤが一方的な射程を押しつける大振りを放った。
その瞬間を見逃さず、後ろへ引くと見せかけていたグリシェは一気に間合いを詰める。
(今なら、左腹ががら空きだ……!)
針の穴を通すような正確な突きで、その腹を穿つ一撃を放つ。
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