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その姿を思い浮かべただけで、胸の高鳴りがさらに強くなった。思わず瞳に期待の色を浮かべてしまう。
そんなわかりやすいグリシェの反応に、トゥーヤは軽く微笑んだ。
「ほぅら、やっぱり俺のこと大好きじゃないですか」
姿勢を戻すフリをしながら、トゥーヤは素早くグリシェの額に唇を落とした。
「~~~~っ!」
それに何も反撃できず、固まったままグリシェは涙目で彼を睨む。
「っ、いつまでも自分が主導権を握れるものと思うなよ……!」
しばらくしてようやく絞り出すように出てきたのは、そんな負け惜しみにしか聞こえない台詞。
「ええ。俺が振り回されるようになる日を、待っていますとも」
余裕たっぷりなトゥーヤの反応が、実に悔しい。
「さぁ、お嬢様も疲れたでしょう。そろそろお茶にでもしませんか」
『私に一対一で勝てる者』――トゥーヤの背中を追いながら、グリシェは自分が挙げていた婚約者の条件を、ふと思い出していた。
まさか自分が剣による戦いだけでなく、男女のやり取りにおいてもここまで一方的に負けることになるとは思わなかった。
――でも。
そこまで考えてから、グリシェはそっと首を振る。
――私はきっと、もう彼に勝てない。
だって、その声を聞くだけで、姿を見るだけで心がときめくようになってしまった。平常心を保てなくなってしまった。
きっとこの症状は、治らない。私は、この感情が何と名づけられるのか知っている。
……今はまだ、認められる余裕がなくても。
――だからせめて。
自分の負けず嫌いな性格を自嘲しながらも、グリシェは静かに決意を固める。
――せめてこの気持ちを口にするまで、もう少し時間を稼ぎたい……!
二人の犬も食わぬ戦いは、まだまだこれからも続くのであった。
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