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③
山木先生が私の方を見た。その目が何かを言わんとしている。
「は? な、何でしょうか?」
その何かは、決していいことではないと思いつつ、私はおずおずと近づいた。
「ちょっといいですか」
山木先生は、何時にない、小さな声でするどく話しかけてきた。
「じつは、この小林のことなんですが」
小林とは、今一緒にいる茶髪の男子生徒だ。今は地面を見て、頭を掻いている。ときどき、チラチラと私を見る。
この生徒、たしか2年生の時は、欠席や遅刻、早退が多く、もう少しで留年するところだった。あと1日欠席したら留年というところで、38.5度の発熱をおして登校した生徒だ。その甲斐あって、かろうじて3年生に進級できた。授業の欠課時数に関しては、要注意の生徒なのだ。
「赤葉先生も知っているとは思いますが、小林は、欠課時数が多く、首の皮一枚の所で、進級できた生徒です」
「あ、はい。知っています。進級できてよかったですよね。あはははは」
「そう、進級できてよかった。3年生になれた」
山木先生の言い方は、よかったような響きが無い。小林君の方を向いて、
「小林。卒業する気はあるのか?」
と、指を立てて言った。
私は、この仕草は、生徒から見ると、うざったいだろうなと思いながら、小林君の反応を見た。
「はい」
ぼそりと言う。この生徒あまり激しい感情は見せない。どちらかというと無気力タイプだ。
「卒業したら、どうする?」
おお、山木先生いきなり進路指導を始めた。
「就職したいです」
まあ、たいていの生徒は、卒業後は就職を目指している。進学を目指す生徒も1割はいるが、ほとんどは、働くことを希望する。やんちゃな生徒が多いが、勤労意欲だけは旺盛だ。小林君にしても、就職したいという望みは持っている。
「そうだよな。お前も、もう3年生だ。そろそろ目を覚ませ!」
おお、これは先生が生徒に言う、定番の決めゼリフ。
小林君は、『髪、直してきます』と言って、校門の方へ行こうとした。
「待て、小林。ここで帰ったら、また、授業の欠課を増やすだけだろう。卒業に向けて、そして就職に向けて、3年生は欠課時数を増やしてはいかんのだ」
おおお、何を言い出すのだ山木先生は。茶髪を許すのか?
でも、生徒指導の『鬼軍曹』にバッチリ見られてるからなあ。そのまま、すんなり教室に入れるわけにはいかんだろう。
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