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4.現在~過去ー夫婦
――……「□□駅、□□駅」
電車を降りると、懐かしい香りがした。
長年使ったこの駅は、どこも変わっていなかった。
どうしよう……。
とにかく、昔住んでいた辺りに行ってみようか?
小高い坂の上にある駅を離れると、長い長い坂道が広がっている。
もう空は、半分夜だった。
夕日に照らされた家々が、遠くまで良く見える。
線路沿いを歩き、坂を下っていく。風が吹き抜け、アスファルトの隙間に生える小さな花を揺らす。……――――
◇◇◇
『お父さん……もう、長くないんですって』
祖父母の家で過ごすようになって、暫く経ったある夜、母が電話でそう言った。
何故だか、――ああ、そう言う事だったんだ……――そんな風に、妙に納得したのを覚えてる。
運命って、不思議。
ちゃんと上手く歯車が回るようになっている。
何故、母が再構築の道を選んだのか、
何故、父があんなにも必死に謝っていたのか……。
本人達も、その時は知らなかった筈なのに、まるで予め知っていたかのように、
二人は残された僅かな時を、二人でいる事を選んだ。
“夫婦”って、不思議。
どんな事をされても許してしまえるくらい、私には見えない、刻んできた時間があるのだろうか?
私は、傍観者である事を選んだ。
二人の行く末を静かに見守る。
母を手伝い、私も何度か病院に通った。
入院中、久しぶりに父とゆっくりと話して、この人はこんな人だったんだ……と、何だか初めて父を知った気がした。
父は、私達以外、他の誰とも会おうとしなかった。
長年付き合っていたと言う、その恋人とも。
何故、誰とも会おうとしないのかと父に聞いた。
父は言った。
『決して治る事は無いのに、お大事に……と言って帰る後ろ姿を見送るのが、忍びない』と。
私は、思わず小さく笑ってしまった。普通は、泣くところ?
……なんて、弱虫なんだろう。
私は、この人の血を半分引いているのか。
そんな風に思ってしまって。
お医者様の見立て通り、父の闘病生活は、そう長くは続かなかった。
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