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3.現在~過去ー好きじゃない
――――……「次は、○×駅、○×駅……」
はっと気が付くと、目的の駅を降りはぐってしまっていた。
カフェラテの所為で、昔の事ばかり思い出す。
早く飲んでしまいたいのに、それもできない。
どこで引き返そう?
このまま、この電車に乗っていると……地元に、辿り着いてしまう。……――――
◇◇◇
『……お父さん、もう5年もお付き合いしてる人がいるんですって』
そんな事、今更驚きもしない。どこかで拗れてしまった夫婦の形。
幼い頃から繰り返される、嘆きの応酬。
だけど、その日はいつもと何だか様子が違っていて……。
『そうなんだ』
『もう……最近は、家にお金も入れてくれないし……お母さんも、限界で』
母が、涙を零す。こんな時、自分は何と言うのが正解なんだろう。
強がることしか知らなくて。本当の強さは知らなくて。
その後が、どう大変なのかもよくわからないのに……。
『……なら、別れちゃいなよ』
ただ、そう言うことしかできなかった。
イレギュラーな事は……好きじゃない。
大体において、良い事なんて一つもないから。
未来に、希望が溢れてるなんて、どうしてみんな言うんだろう。
ただ、ただ、無為な時間が広がっているだけかもしれないのに……。
人生なんて、楽しい事より辛い事の方が遥かに多いのにって……私は何だか達観した気持ちでそう思っていた。
『……なあ。引っ越すって本当?』
怜が、カフェラテを渡しながら、聞いて来る。
あの後、私と母はすぐに祖父母の家に居を移した。
だから、正確に言うと、もう引っ越していた。
父の物だけを家に残して……夜逃げ同然。
昼間だから、昼逃げ? 数日のうちにすぐに引越し屋も手配して、母と私、二人の物を持って家を出た。
父は滅多に帰って来ないから……父に隠れて行うそれは、拍子抜けするほど容易かった。
子供の頃から住んでいたその家は、がらんと不自然に隙間が開いていて、私はその時、初めて少し寂しいと感じた。家を離れる時、なんだか少し涙が零れた。
怜に、何と返して良いかわからなかった。
説明をすると長くなる。夏休み中に、学校も変わる。
もう会う事もなくなる相手に、我が家の事情を話す事も憚れる。
だから、一言。
『……うん』
『そっ……か、……』
怜は、気まずそうに視線を伏せる。他の家の事情なんて、そうそう立ち入りたいものではないだろう。
私は、溜息を零しながら、本を纏めて立ち上がる。この本は、多分もう夏休み前に読み切れない。
色々と忙しくなるから……。もう、返しちゃおう。
『……今日は、もう行くね。岡田君も、元気でね』
私は、その日初めてカフェラテを受け取らなかった。
彼は、その日以降、話しかけて来なくなった。
その後は、あれよあれよと言う間に時が過ぎた。
私は、無事編入手続きも済ませ、夏休み明けには祖父母の家から新しい学校に通う事が決まった。
けれど、予想外な事が、また起きた。
父が、平謝りして来たのだ。
逃げ出した私達を見て、いつもみたいに逆上するかと思ったのに……。
がらんと空間の開いた家を見て、何をしでかしたのかわかったと。
申し訳なかったと、ひたすら祖父母の家で土下座をしていた。
……その土下座に、何の意味があるんだろう。
私は、ぼんやりとそんな事を考えていた。
傷つけた時間は、なくならないのに。どんなにきちんと着飾っても、母にも、その恋人? にも、不誠実でしかないのに。あまりにも馬鹿馬鹿しい、茶番劇。
もちろん、母は突っぱねると思った。
何を今更と……。それだけの覚悟で、家を飛び出したのだと、そう思っていた。
だけど……母は、父を許した。
結局、編入手続きを済ませてしまった私だけが、居を移し、新しい生活に入った。
呆れてものも言えない。
父と顔を合わせたくない私には、丁度良かったけど。
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