金のガチョウ

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 雨の女神の土地、ロッテン王国は悲しみにくれていました。美しいお姫様、プシケーが笑ってくれないからです。    バルジャン国王は、彼女が18歳になった年の夏、おふれを出しました。“姫を笑わせた男を夫にしてやる”  国中の男がお姫様を笑わせようと躍起となりました。それでも彼女は笑いません。  ミオもプシケーと同い年。おふれを聞いたので、リードを付けたガチョウを一匹つれてロッテン首都を訪れます。  ロッテンは雨に慣れた土地で、特に首都ともなると、道路には常に大型のひさしのようなものが付いております。ミオの持っていた傘はまるで飾りのようになってしまいました。  首都だけあって、土産物屋も充実してます。てるてる坊主、てるてるキャンディ、てるてるグラスアート、てるてる風鈴、てるてるチップス、開運てるてる財布、てるてるピアス、てるてるワイン……こんなに楽しそうなのに、どうしてお姫様は笑わないのでしょう?  ミオはお姫様ではなく、まず、お城の王様に会いに行きました。  雨の土地として発達したロッテンのお城は特殊ガラス張りの巨大ドームに護られていました。  お城の中はと言うと、天窓と鏡の使い方が非常に巧みでした。まるで城外が晴れているかのように、太陽の光が城内を照らしていました。  ミオは謁見室で尋ねました。  「どうして彼女は笑わないのですか」  「全くだ」  「全くだ?」  黒髪髭面で図体のでかいバルジャン国王は、玉座について、やれやれと言うようにため息をつきました。  「女の子は笑ってるのが一番だ。悩んでるのは良くない。考えるのは良くない。考えることがあったらすべて余に話して、本人はあーぱーで暮らせば良いのだ。余がこんなに努力してるのに、ちっともわかってくれないのだ」  ミオは言いました。  「あーぱーは、わかってなんかくれませんよ」  バルジャンは不機嫌に言い放ちました。  「あーぱーも理解者も同時にできるだろ! あんなに美しいんだから! みんなに愛されて、守られて、あんなに恵まれて、余に無いもの全部持ってて」  「憎んでるんですか、愛してるんですか」  「愛してるに決まってるではないか」  バルジャンは立ち上がり、歩いて行って窓のそばに立ち、外を見上げます。そして忌々しそうに言いました。  「うっとおしい雨だ。――我が国は巨大鉱山が見つかる前は大国ハッサンの流刑地だった」  「存じております」  バルジャンはミオを振り返りました。  「なら、わかるだろう? この地では、女の子は雨を切り裂く太陽でなければならないのだ」  「女の子なら他所にいっぱいいますよ」  「プシケーが太陽でなければならないのだ」  「それはお姫様が決める事です」  バルジャンは面白くなさそうに眉毛をよせました。  「お前は何だ? 余に手向かいに来たのか?」  ミオはバルジャンに笑いかけた。  「いいえ。笑わせてあげますよ。お姫様を」  バルジャンは気圧されたかのように、黙ってしまいました。  ミオは挨拶して本宮を出ると、街に戻リます。ガチョウにつけていたリードをはずし、彼女を抱き上げます。ミオが笑顔でちょっと撫でると、ガチョウは金色になってしまいました。  ミオがてるてるだらけの街を歩いていると、珍しいガチョウに興味を持った丸顔中年男が話しかけて来ました。  「よう美形男子、俺はハンク。 あんたは何て名だ?」  「ミオ」  「ミオか。そのガチョウ凄いな。ちょっと触っていい?」  「いいよ」  ミオは笑って返します。  ハンクはミオの黒髪とは対照的なブロンドヘア。彼はガチョウに触ってから、うろたえます。  「なんだこりゃ、とれないよ」  ハンクの手はガチョウから離れなくなってしまいました。  ミオはかまわないで歩きました。ハンクは手が離れないままバランスを崩してミオについてゆくハメになってしまいました。  しばらくして更に歩きにくくなったのでミオは振り返りました。バランスを崩したハンクの後ろにもう一人、天然パーマで爆発した髪をひとくくりにしてる中年の女がくっついていました。  彼女はどうやらバランスのおかしいハンクの頭を、持っていたフライパンでこずいたようなのです。フライパンはハンクの頭から離れなくなったし、女の手もフライパンから取れなくなっていました。  又しばらくして歩きにくくなりました。ミオは振り返ります。中年の女のお尻に、チョビ髭小太りの男の片足がくっついていました。女のことを蹴ろうとしたようなのです。いったいどんな愛憎劇があったのでしょう。小太りはもう片足でぴょんぴょん跳ねてついて来るしかないようでした。  ミオが街を練り歩くと、街中の人間がこの奇妙な行列に磁石のようにくっついてゆきました。ミオはそのまま、もう一度お城へ向かいます。今度は本宮ではなく、プシケー姫がいるという東宮を訪ねます。番兵に挨拶して許可をとり、城門をくぐってプシケーを探しました。  美しい彼女は中庭で群生する紫陽花に囲まれ、ブランコに乗って休んでいました。白地に金糸を飾ったドレス姿で、たっぷりの赤毛が腰までありました。  その昔、赤毛は二流の色とされていましたが、現代では人に羨ましがられる人気色。お姫様にぴったりです。  中庭もお城の巨大ドームに守られ、完璧なまでの雨対策が施されています。彼女のロングドレスが濡れる心配はありません。  彼女はミオの連れた行列をみるや、肩をふるわせ始めました。しまいに、うつむいてブッと吹き出します。  「あ、笑ったね」  ガシャン  「えっ、ガシャン?」  笑い返そうとしたミオを物音が邪魔します。タイル張りのプシケーの足元に何かが落ちていました。  プシケーは立ち上がりました。ミオに向かって、うつむいたままズンズン歩み寄ってきます。震えている様子。  彼女は最後に「馬鹿ー!」と叫んでミオを殴りました。パーではありません。グーです。    ミオに抱かれていたガチョウは、びっくりしてバサバサ羽ばたいて暴れ、地面に降り立ってしまいました。ハンクは自由になり、急にガチョウの吸着力がなくなった事に目を白黒しています。  ミオが良く見ると、さっき笑ったプシケーは今、大号泣していました。  辺りには何でこうなったのかわからない、ギャラリー一同。みんな去っていくことなく、お姫様を心配している様子。  プシケーはミオの前でもっと泣きます。  「今日まで人に笑顔を見られないよう、コンシーラーで固めて固めて固めてきたのに!」  「コンシーラー? あれ、お面じゃないの?」  「あんたなんかこうしてやる!」  「えっ、ちょっ、まっ?」  ミオはプシケーにドンされ、尻もちをつきました。プシケーは作業を続けます。  「こうして! こうして!」  「まって……!」  「こうして! こうして!」  「ええ?! まっ?! うおぉぉぉぉ!? ギブギブギブギブ!!」  プシケーは泣きながらブチ切れて、ミオに四の字固めを食らわせてきました。ミオが降参すると、技を解いて、「笑顔見られた! もう死ぬ!」と、やっぱり泣いています。  よく話を聞くと、本人は「えくぼを見られた」と絶望しているのでした。  見ていたハンクは首をかしげます。  「えくぼ、かわいいじゃないか。誰がいけないって言ったの」  ミオは親切なハンク達にプシケーのお世話を任せると、カイプリック王子に会いに行きました。プシケーのお兄さんです。  カイプリックは本宮の書庫にいました。しまった身体つき、ミオより少し身長のある青年で、髪は栗毛。ミオの報告を聞くと舌打ちをしました。  「あいつ笑ったのか。あんなへこんだひどい顔、他人に見せられないって言ってるのに」  ミオは大笑いしました。  「あっはっはっは。やっぱあ、そうだよね!」  「はっはっは。お前、話のわかるやつ?」  次の瞬間、カイプリックはミオの繰り出したグーで床に沈黙していました。  ミオはバルジャン国王の所に報酬をもらいに行きました。バルジャンは中庭を一望できる、お城のベランダにいました。   バルジャンはミオからプシケーが笑ったことを聞いて、上機嫌になりました。  「よくやった。今後は夫になって、余に仕えてくれよ」  「いいえ、実家に帰ります」  「姫が要らぬというのか」  「いただきます」  ミオは豪奢なベランダの縁を背後に、背中から黒い翼を広げました。  「僕は獣人の国の王子です。祖国に帰って、彼女にプロポーズしてみます」  バルジャンは青くなりました。  「駄目だ」  「異国人では駄目ですか? それでは人種差別です」  「差別はしていない。婿に入れ。姫には一生涯、余のそばでニコニコしてもらうのだ」  「感情労働させるのですか」  「労働ではない。あんなに美しかったら普通だろ!」  「実家に帰ります。お約束を果たしてください」  「ならん、ならん!」  ミオは身体を翻してベランダを飛び降ります。翼を広げ、ブランコのそばのプシケーの所まで高速で降下してゆきました。背後でバルジャンが騒いでいるのを尻目に、彼女をかっさらいます。  ミオは一旦ドーム天井スレスレまで舞い上がると、ハンク達のいる下界を見下ろして、空いてる方の片手を薙ぎ払います。するとミオの手のひらから金貨が弾けるように溢れ、親切だったギャラリーたちに降り注ぎました。  ミオは言いました。  「みんな、ありがとう。僕、彼女を連れていく。お礼に金貨とガチョウ、受け取って」  察しのいいハンクが一番に気が付きました。  「おい、みんな、若いカップル誕生だよ」  「わあ、素敵!」  「バンザイ!」  ガチョウを抱っこしていたハンクは空いてる方の手でガッツポーズ。残りの仲間達も歓声をあげて祝ってくれました。  獣人ミオの属性は火の鳥です。彼は口から火を吹き、ドームに全体が分解しない程度の穴を空け、外に飛び出します。  優しい天気雨が太陽を反射してキラキラ、プラチナのように降っていました。  ミオはプシケーを抱いたまま、空には舞い上がります。ガラスドームに囲まれたお城は次第に縮んで、東洋の水まんじゅうの中のあんこのように見え始めます。さらに離れると、お城はひさしの充実した街と一緒に、お豆のように小さくなりました。  雲間から天使の梯子が降り、雨上がりの空には虹がかかって、ミオとプシケーに微笑んでいるよう。彼は彼女に笑いかけました。  「僕の国においで。『笑え』って人、どこにもいないから」  プシケーは一瞬、表情を緩めたかもしれませんが、すぐしかめてしまいました。  ミオは彼女のおでこにキスをしました。  (おわり)
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