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「お願いです。足りない分は何とかする。近い内、必ず払うから、指輪を返して下さい!」  史子に深々と頭を下げられ、パンダとウサギは顔を見合わせた。  明らかな戸惑いが感じられ、もう一押しと思ったのも束の間、アライグマがしゃしゃり出て、ステージの斜め上方を指差す。 「あなたの事情は判りました。でも、我々にも色々と都合があるんですよね」  史子が見上げると、小型のカメラが天井に据えられ、こちらを睨んでいるのが判る。 「あれ、カメラ? 今、撮影してんの?」 「そりゃ、何たって、スペシャル・イベントですからね。告知の量をコントロールして話題を煽り、ネットでライブ中継するのは当然の戦略でしょ。而して、現在のヒット数は……」  アライグマは舞台袖から現れたネズミ・マスクのスタッフへ顔を寄せ、何やらヒソヒソ囁き合った。 「もう7千件、突破してますね。あなたが乱入してから急上昇してるみたいで、むしろ感謝しなくちゃ」  キグルミ越しにも、辣腕仕掛人の計算高い笑い声が聞こえてくるようだ。  パンダが急に苛立った様子で、アライグマへ詰め寄った。 「生中継だぁ!? 田宮さん、あんた、編集して流すって言ったよな。俺達にも内緒で勝手な事すんな!」 「あ~、二人には変更、伝えてなかったっけ?」 「あんたさぁ、儲かるなら、何をやっても良いと思ってんだろ!? 俺達に近付いてきた時だって、そうだ。如何にも親切そうに、猫なで声なんか出して」 「オイオイ、今更、良い子ぶってんじゃね~ぞ!」  ずっと黙っていたトラのボーカルが、アライグマを庇い、パンダを突き飛ばす。 「徹也、お前だって、プロデューサーさんのお陰で良い思いしてきたンじゃね~の」 「はぁっ!?」 「まぐれ当たりしただけのトーシローが、切り捨てられる段になって、被害者面しても遅いンよ」 「……切り捨てられる? それって、ど~いう意味?」  言い争う傍らで史子が怪訝に呟いた時、パンダはマスクを脱ぎ、木谷徹也の素顔を晒した。  えらの張った丸顔でドングリ眼、親しみが持てる半面、何処にでもある顔だ。  ウサギの亜理紗も続いて素顔を晒したが、同じく平凡な顔立ち。  一般人の中でならソコソコ美人の方だろうが、芸能人ならではのオーラなどまるで感じられない。  地味だ。あまりに地味過ぎる。  それに対し、これまた素顔を晒したトラの井田純司、ネコの庄子咲枝は、流石ネイティブ芸能人。キグルミで隠すのが勿体ないほどの美貌を誇示していた。  で、オリジナル・メンバーと現在の中心メンバーとの想定外の仲間割れを目の当りにし、観客席はどう反応したかと言うと……。  まぁ、薄情なモンだ。  騒ぎを止める所か、煽るヤジまで飛ばし、内輪揉めの成り行きを楽しんでいる。  ん~、今なら指輪、持ち逃げしても大丈夫かな~?  史子がそ~っと台座へ手を伸ばすと、徹也が気付き、ギラリと目を輝かせた。 「コラ、子ブタのオバサン! ドサクサ紛れに何やってる!?」 「え~、私はそのぉ……」  敵意に満ちた目が、再び史子へ降り注いだ。  ブ~タ、ブ~タ……。  場内は大コールに包まれ、思わず史子が耳をふさごうとしたとき、これまた再び、キリンの神父が割り込んでくる。 「皆さん、ブタとは何です! この人はもうお面を被っていませんよ。ええ、神が許しても、この僕が許しません!」  仁王立ちでグッと見栄を切る辺り、雇われ芸人の血が騒いだのだろうか? 「体形で人を差別するのは愚の骨頂。何故だか、わかります? モデル体型や細マッチョ、ボン・キュッ・ボンが絶対の美ではない。フクヨカさんにも、絶壁さんにも、神が与えた唯一無二の麗しさがある」  庇ってもらって何だけど、アンタ、どこまでスベレば気が済むの?  キリンの背中に隠れたまま、史子は胸の中で呟いた。  場内の騒ぎは幾分収まったものの、勿論、それはキリン神父の主張が伝わった為ではない。えらく場違いな説教に呆れていただけである。  アホだ。あまりにアホ過ぎる。  いくら何でも、プロならここまで寒い状況を作ったりしないよね。やっぱ、この人、バイトの素人? 「かく言う私もポッチャリの美を心から愛する一人……ど~ですか、お客さん! マニアックと言わば言え! 我が生涯に一片の悔いなしっ!」  握り締めたキリンの拳がぶん殴る勢いで天井の小型カメラへ突き上げられ、カクテルライトの光を浴びた。何のパクリか知らないが、似合わないポージングで場内が又ざわめき出すと、焦った様子でキリンが後ろを振り返る。 「……で、それはそれとして、あなた、その指輪をどうなさるおつもり?」  うわっ、てめ~、手のひら返すんかい!?  ムカついて3秒ほどフリーズした後、史子は自分の左手につけていた指輪を咄嗟に抜き、徹也の前へ差し出した。 「あのぉ……封筒のお金が足りない分……母さんの指輪の代りに、これ置いてくのはどうかな~って思うンだけど?」 「何だ、そりゃ!? 又、一段と安っぽいバッタもんじゃね~か?」 「でも、これが全ての始まり……私がサラ金の借金を背負う原因になった品なの」  史子が台座に自分の指輪を置くと、徹也はそれを取り、マジマジと見つめてから、掌で転がす。  銀製のリングに小さな人造ダイヤを幾つか埋め込んであり、新品で買ったとしても3万円するか、どうか、と言う代物だ。  史子は自嘲の笑みを浮べて言った。 「フフッ、何度も捨てようと思ったけどさ。コレ、ど~しても捨てきれないのよね」 「……好きな人に貰ったんですか?」  好奇心を刺激されたのだろう。徹也の背後に控えていた亜理紗が一歩踏み出し、おずおずと話しかけて来る。 「私が品川の中堅商社で営業事務をしてた時、自前の社内ネットワークを構築するSEが総務にいてね」 「SE?」 「外注せず、車内にパソコン専門の人材を置く事、あの頃は割合普通だったのよ。で、同じフロアに席があって、何かと私の方を気にしてた。 見るからに技術系のオタク、世間知らずのトッチャンボーヤって感じでさ、鬱陶しいとしか最初は思わなかったんだけど……」
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