黒の殺意

妻の告白

　夫は死んだ。
　私は助かった。

　夫の後輩の明智守は自殺幇助と教唆で逮捕された。

　夫の告白動画は大変でしたが私の無罪を証明できて良かった。

　最初の指輪？

　そもそもですが、夫は結婚してから10年近く、私を軟禁状態にしていました。
　精神的に追い込んでくるのです。

　まず食料品の買い物を夫がやると言って譲りませんでした。生理用品さえ頼まないとダメでした。

　義理の両親とも会うのを禁じられていた。

　その中で弟の貴司さんだけが気づいて、支えてくれていた。

　そして指輪ですが、日焼けも何も家のカーテンさえ開けると怒るのにどうして指が日焼けするのでしょうか？

　玄関と靴箱。

　確かにあの日は貴司さんと会う約束はしていました。しかし、貴司さんが私のことを義母に相談されて、そしたら一人で家に乗り込んで来られたんです。私の被害妄想か慰謝料目当てか…と言って興奮して血圧が上がり、客間の和室で少し眠られてから帰られました。その帰り際に玄関が汚いと馬頭されたので掃除しました。

　尾行とラブホテルと貴司さん。

　あれは私も驚きました。
　すべては明智守の犯行です。

　夫に言えませんでしたが、夫のいない所で何度も明智から口説かれました。
　夫は明智を信頼していて、私の不貞に怯えているのに、私が夫に相談しても事が大きくなるだけと思い我慢していました。

　拒み続けると、明智の嫌がらせが始まりました。
　唯一の接点である貴司さんを私から引き剥がしたいと思ったようです。興信所を使って貴司さんを調べ上げたようです。

　あの日は二人とも別々に呼び出されたんです。
私は明智から夫と３人で話をしたいと言われました。もう夫も隣に座って待っていると言われたら、メールの住所の喫茶店に急ぐのは普通だと思います。

　産婦人科での目撃。

　あの日も見つかっていたんですね。まぁ、ラブホテル街の件を含めて裏で巧みに明智が夫を動かしていたのは本当のようです。

　この病院の件はあとで話したいと思います。

　次は味が濃くなった件ですね。

　警察には味覚障害で通しましたが違います。

　私は明智に２年前から口説かれていて、よく明智が言っていたんです。塩で夫を殺して二人で暮らそうって。
　塩の使い方や危険な量など明智は詳しく調べていて私は覚えていたのです。
　すぐに殺したいわけではなかったけれど自由になりたかった。
　だから、塩をたくさん使った。

　それに夫は怖がって帰ってこなくなった。それは自由で少し嬉しかったから続けていた。

　夫の脳出血。

　塩を盛っておいて言える立場ではありませんが、これは予想外でした。
　本当に助かって嬉しかったんです。

　だって、あなたの子供がお腹の中で育っていたのだから。

　実は入院中は私もつわりが酷かった。でも話せば誰の子供かと疑うのはわかっていたので隠してた。
　話すタイミングを無くしてた。

　そして、退院してからも、あなたは明智の執拗な虚言に惑わされ犯行を実行した。

　私はあの日、貴司さんに助けられましたが、あなたは睡眠薬の量が多すぎて助からなかった。

　あと貴司さんには同棲している恋人がいます。

　あなたは、
　黒の殺意と言いました。
　まるで墨汁のように垂らせば何色でも真っ黒に染めてしまうような黒の殺意。
　それは自分の愛さえ黒くして見えないようにしていた。

　私にも、黒の殺意があった。

　結婚してから外出を制限され、ことごとに浮気を疑われ、自由を失う恐怖は、まるで暗闇のようでした。
　僅かな灯りもない暗黒の世界。
　宇宙であり、孤独であり、寒々として、冷酷です。虚無であり、空っぽで、絶望の黒。
　それが、私の黒の殺意。

　お互いに愛していながら、密かな殺意に苦しんでいた夫婦。

　これからは、産まれた“あなたの男の子”と二人で頑張って生きてゆきます。

【おわり】