4人が本棚に入れています
本棚に追加
はじまり
すべてには始まりがあります。
思い返せば、今年の夏までは平穏な夫婦で幸せに暮らしていました。
子供はいませんでしたが、それだけにお互いを大切に思いながら支えあって生きていました。
職場の同僚で同じ歳。
30歳過ぎて結婚して10年ほどになるのかな。少しお転婆な所もある妻だったのですが当初はよく喧嘩もしていました。だから結婚生活がこんなにも続いて幸せになれるなんて、人生は不思議だなって思っていました。
実は妻は天涯孤独で両親の名前も誕生日も自身の名前さえ正確にはわかっていません。それだけに家族には強い憧れがあって我慢をしていたのかもしれません。
その我慢が、真っ赤な女の悪魔に変貌していったのかもしれません。
人の血は赤い。
しかし、放っておくと赤黒くなるんです。黒より恐ろしい色です。
そんな赤黒い血が流れる人間が、何の悪意も無く生きられる方が奇跡なんじゃないでしょうか。
今の私は、そう思います。
んー、あれは・・・・・。
半年前の日曜日の昼。
妻は昼食の支度のために台所にいました。お盆は過ぎていましたが酷暑は続いていて、私は明日からまた仕事が始まるという日でした。
私のリクエストでランチは冷やし中華になっていました。私は妻の作る錦糸卵と刻みハムが多めの冷やし中華に、ゴマだれとぽん酢だれを半々に掛けるのが大好きでした。野菜はキュウリやトマトも刻んで入っていました。
そのキュウリを切っている最中に妻は人差し指を包丁で切ってしまったんです。
私はたまたま側にいたので、すぐに指を舐めました。
鉄の味がして、美味しくはありませんでした。口内はバイ菌だらけで舐めるのは駄目だとすぐに思い直し、水道水で流し洗いをして、清潔なキッチンペーパーで水分を拭き取ってから私が絆創膏を貼ってあげました。
しかし、
そこで気づいてしまったんです。
「結婚指輪はどうしたんだい?」
妻は料理の時は、最近は外すようにしていると説明した。
「そうなんだ」
私はそう答えたけれど、夏も半分以上終わった頃なのに指の根元に指輪の日焼けの跡がない。
それが初めて妻に疑惑を抱いた瞬間でした。
一緒に食べた冷やし中華は、いつもより少し苦い気がしたけれど、まさか毒殺はされないだろうと笑って何も言わずに食べていました。
あの頃はまだ、信じたかったのかもしれません。
最初のコメントを投稿しよう!